「AIミコと十係、解体屋」第七章。

    

     1

 

 俺(イチロー)は、鳥羽の海岸線を逃げていた。

 解体屋と称する奴に「海外へ高飛びさせる」というメールを貰って、鳥羽水族館の近くの公園に呼び出された。

 来たら、逆に警察が隠れて、待ち伏せしていた。

 俺は公園の木の間を必死で逃げた。夜だった。

 月の明かりの中を、うっすらとした木の陰を頼りに、木の後ろから木の後ろへと逃げた。

 ゴツンゴツンと木の枝にぶつかって、タンコブを作りながらも逃げた。

 肺がキリキリと痛んだ。

(何故だ。まだそんなに逃げていないのに?)

 不審に思ったが、考えている余裕はなかった。

 「糞――。待て――! 今度こそは逃がしゃしねーぞ!」

 後ろからは、山伏姿の若林警部補が錫杖を流しながら、追いかけてきた。他の刑事たちもいた。

 ミコを抱えたミヤビ警部補と太っている丸餅警部は少し遅れているようだった。声が遠い。

 若林警部補の他にいるのは鳥羽署の浮署警部補とキマタ警部補がいる。この二人は、見つかって追われる前に、公園の端で、密談をしているのを聞いたから、名前は解っていた。

 ついでに言ってしまえば、この前はモトキという奴が情報を警察に漏らしたらしいが、今度は、解体屋と名乗る男が漏らしたらしい。

(何故? 俺はお得意様なのに。まあ、金を払ってないから、理解はできるが)

 なんて考えている場合ではなかった。みつかったからだ。

「待て――!」

 声が迫ってくる。

 俺は必死で逃げたが、とうとう肺が悲鳴を上げた。

 林の切れた所で、土の上にはいつくばってしまった。

「召し取ったり――」

 若林警部補の声が響いた。

 同時に錫杖が肩の上に振り下ろされた。同時に、投網のような物が、バサ――っと俺の上に覆いかぶさてきた。

 俺は召し取られた。

「畜生」

 歯ぎしりしたが、間に合わなかった。

 その後、ミヤビ警部補の声で、「これでも食らえ――」と叫び声がした。

 空気がマトリックスのように輪を描いて、上に流れて、鋭いチクっとする痛みが肩の上に襲ってきた。

 そして、何かの注射液が送りこまれた。で、急速に具合が悪くなった。

「大丈夫か?」

 タブレットの中のミコ警部補が聞いた。

「大丈夫。インシュリンだから。さっき、針を落としたんで解った。ちょっと低血糖になるだけだから。チョコでもやっときゃ治る」

 ミヤビ警部補が網をはいで、俺をひったてて、パトカーに強引に乗せた。

 パトカーはすぐに動き出した。

 しかし、数秒も行かないうちに、向かい側から、もの凄い勢いで、一台の車が走ってきた。「危ねえ――」

 車内全員が叫んだ。

 運転手は急ブレーキを踏んだ。

 ハンドルを回した。

 キキキーっという悲鳴みたいな高い音が響き、その直後、ズッシーーンという重い衝撃音がパトカーを襲った。

 そして、パトカーは、横倒しになった。

 

    2

 

 俺は暫く失神していたようだった。しかしすぐに気が付いた。

 車内の全員が失神していた。

 その時だった。パトカーの扉が上に開いて、一人の救いの手が伸びてきた。

 まさに救いの手だった。

 細い薄いピンクの縞のトレーナーを着ていた。

 そいつが、まだ手錠を掛けられていない俺の腕をぐいと掴んで引っ張った。

 おれは、小躍りした。迷うことなく、右隣の――今は上だが――刑事、ミヤビだ、多分、を押しのけて、上に出た。

 助けた人が、凄い力で引っ張ってくれた。

 俺はそいつに引かれて、パトカーを飛び降りると、一心に森の端まで走った。

 そこで、肺がキリキリと痛くなった。しゃがみこんだ。

 そいつはまだ元気だった。そいつは、俺を森の隅に追い詰めて、回転ノコのような物をカバンから取り出した。用意してあったようだ。

 回転ノコは、ジェネレーターにつながれていた。

 そいつが――中性的な顔をしていた――、薄ら笑い浮かべて、無言でスイッチを入れた。

 ウイーンと回転ノコが唸りを上げた。

「何を?」

「こうするんだよ」

 相手が薄ら笑いを浮かべて、俺の両手を結束紐で素早く縛った。

 俺は自由を失われた。

 回転ノコが急に迫って、頭蓋骨を粉砕し始めた。

 回転ノコなのに、粉砕というのが相応しい言い方だった。俺は激痛を感じた。頭の上なのに、食い込む現場が見えた。何故?

 髪の毛が食い込む。引き攣れて痛い。

 頭蓋骨の下の硬膜も攣られながら裂かれる。痛い。

 血が飛ぶ。

 どうして見えるのか? 妄想なのか?

 硬膜の下の灰白質が引き攣れて、回転ノコを押しのけている。

 血が飛ぶ。痛い。

「助けてくれ――」

 声は出ない。

 体も動かない。

 回転ノコはジジジジ、ズズズズおいうような音を立てて、進む。

 右脳と左脳の神経の束が引き攣れて、分断されていく。

 白い神経の束と、赤い血管と、灰白質がぐちゃぐちゃになって飛び散る。

「助けてくれ――。死ぬ――」

 相手は無音。回転ノコの音だけが響く。

 やがて、脳の中で、視床下部に達した。脳細胞が飛び散る。噴水のように血が飛び散る。

 そして、激痛が走り、俺の意識は途絶えた。

 

   3

 

 ふと気が付くと、血も脳漿も流れていなかった。頭皮に回転ノコすら入っていなかった。

「気がついた? 催眠術だよ」

 そいつは嘯いた。

「これに懲りて、二度とするな。俺は解体屋だけど、連続殺人は御免だ」

 そいつは行ってしまった。

 俺は後ろから走ってきた刑事たちに逮捕された。

 

 「AIミコと十係、解体屋」第八章。

 

 若林警部は、「第七章」と第された長いメールをイチローからもらった。

 アドレスはミコから聞いたようだ。

 イチローは、実際は、鳥羽水族館の傍で、大人しく逮捕された。「殺しに飽きた」とかで、素直なものだった。

 このメールはその前にもらったものだった。

 もちろん、内容は全部嘘。イチローの創作。

 追伸として、こんなメールがついていた。

 君のネットで映像と脚本を組み合わせた作品を公開しようとしているという噂を聞いた。カスガ警部補から。そこで、是非、「第七章」を入れて欲しい。

 そうすれば、こんなに酷い催眠術をかけられたなら、心神耗弱になってもしょうがない、と陪審員から思われるだろう。その後は想像に任せる。だから、お願いだ。入れてくれ。お礼はする。

 メールはそこで終わっていた。

 若林警部補はため息をついた。

 最初は、雷型のレーザー光線を開発したんで、宣伝に映像を、ドキュメントの間に入れてくれ、という依頼だった。

 しかし、そのうち、解体屋という奴が、イチローに催眠術を、予想が着くから文字で起こしてやるから、使ってくれという申し出をしてきた。

 そして、ミコまでが、謎解きの部分は、自分の著作権だから、使うんなら著作権料を払えと言ってきた。そうでないと、捜査を勝手に公開するのは違法だから、しょっ引く。でも、払えば、目をつぶる。ダークウエブ限定でならな、と言ってきた。

 若林警部補は、今悩んでいる。

 

             (了)

「AIミコと第十係、解体屋」第六章

 

    1

 

  二日後。答志島

 俺(イチロー)は、失神しているのからうっすらと気が付いて、ウッドの床に倒れているのが解った。

 目の前に、男か女か解らない、超細い男(多分)が片膝をついて、俺を覗きこんでいた。フードを深くかぶって、トレーナーの上下で、おまけに上の電球が陰になって、顔は解らなかった。

 でも、見たことのない男だ。

 どこかの別荘みたいな所だった。

 少し顔を動かすと、答志島別荘と、木の札が、ガラス窓の所に掛けられているのが見えた。

 答志島か。どこにあるかもわからない。多分、こいつに呼び出されて、連れてこられたのだろう。知っている風体ではないから、多分、SNSでやりとりしたんだろう。

 ふと気が付くと、男が、「これで最後通告だ。殺戮は止めろ。絶対だぞ」とすごんで、いきなりナイフを俺の腹に突き立てた。

 ぐしゅっという鈍い音がした。激痛が走った。

 俺は気を失った。

 

 ふと気が付いた。夢だった。俺はまた失神しているのからうっすらと気が付いた。さっきのウッドの床だった。

 片胸が強烈に痛かった。激痛だ。こいつに殴られたようだ。肋骨が折れているような痛さだ。殴られて、倒されたのだろう。でも、何故? はっきりとは解らない。殴られた衝撃で、記憶が一部飛んだらしい。でも、夢の中の敵の言葉が何かヒントになるのだろうか?

 ふと気が付くと、横に猫が伸びていた。

 猫は血だらけだった。集中して見ていると、俺の魂が分裂して、猫に入った。敵の男は、何か、部屋の中で探していたが、最後に捨て台詞を吐いて出て行ってしまった。

「これで最後の殺戮にしないと、今度こそお前が痛い目にあうぞ」と。

どうやら、人間の俺が完全に失神したと思っているようだ。

 猫の俺は、激痛にさいなまれていた。何しろ、二人の喧嘩に巻き込まれて、投げ飛ばされて、腹が裂けてしまったようだった。

 巻き込まれたという記憶はかすかにあった。おまけに、この血も涙もない人間の俺に、万力で頭をぐいぐいと締め付けられたようだった。キリキリと頭蓋骨がきしんでいる。二人の喧嘩の前、ふざけ半分にやったのだろうか。

ふと自分の腹を見ると、腸が一メートルもはみ出していた。

猫の俺は、「助けてくれ――」というつもりで、ニャーと鳴いて、人間の俺に爪を立てた。

「止めろ――。気持ち悪い」

 人間の俺が、力任せに、猫の俺を投げ飛ばした。ペッと唾まで吹きかけてきた。

 猫の俺は、それでも、必死で、ウッドの床の上を這いずって行こうとした。このまま人間の俺にかかずらわっていたら、きっと殺される。

 でも、試しだとおもって、人間の俺に向かって、みゃーと、弱弱しく声を上げてみた。

 だが無駄だった。

 人間の俺は、「ふん、死ね」と冷たい言葉を投げかけただけだった。

 猫の俺は、さらに逃げようと腸を引きずって、這いずって、部屋の隅に行った。

 ずりずりと、腸が攣れる。むき出しの傷の皮膚に空気が冷たい。引きずられて、空いた穴から内容物が染み出す。汚物の匂いがした。

しかし、後ろで人間の俺の動く気配を感じた。

 そちらに目を向けると、人間の俺が、同のオブジェ(天使みたいだ)をもって、猫の俺をめがけて、振り下ろそうとしていた。

 風が、そのオブジェの振り下ろされる勢いに巻き込まれて、起こった。下向きの風圧がきた。

 続いて、鈍い衝撃が俺を襲ってきた。

 グシャっという頭蓋骨と脳みそのつぶれる音がして、猫の俺は気を失った

 

    2

 

同じ頃。十係。

 三重県鳥羽市の浮所警部補にミヤビは電話していた。

「浮所さんですか。実は答志島へ、連続殺人犯が向かったという情報が入ったんです。発信元は解りません。何でもSNSでイチローと知り合った相手らしいんで。イチローというのは犯人です。連続殺人犯なんで、今回も何かやるでしょう。はい。大至急、答志島へ臨場してもらえませんか。お願いします」

 ミヤビはそれだけ告げると、自分たち(十係と丸餅警部と若林警部補とハルとジュンとジュン2)は答志島へ向かった。

 だが、その途中で、浮所警部補から、事件はすでに発生してしまった、との電話をもらった。

 概要は、次である。密室の中で猫が殺されていた。で、密室の外で、別荘の管理人の老人が刺されていた。何か所か刺されて重傷だが、命はとりとめたので、病院へ搬送したとのことだった。

「密室の外で殺傷?」と十係たちは顔を見合わせたが、一応、電話はそこで切れてしまったので、現場へ急いだ。

 

   3

 

 浮所警部補の電話を貰ってから一時間後。答志島の近くまで来ていたので、一時間後には、十係は現場へ臨場することができた。

 夜、八時。

 現場は、答志島のモトキという人間の別荘だった。

「モトキ、かあ。ここへイチロウが来るという情報をくれた人間と関係があるのかなあ。ぞなもし」

 答志島の港から、浮所警部補の教えてくれた別荘へ歩きながら、ミヤビは聞いた。

「さあなあ。つうか。一人心当りはある」

 ミコが自信ない声で答えた。

「何ぞな?」

「実は、カスガ警部補とディーン警部補に色々と調べてもらったところ、イチローに骨髄を提供した男がモトキというらしい、と判明した。今日電話をもらったのだが」

「ああ。あの一家全員がB型という家族? でも、姓が違うような。確か、あの家の女主人は有名なテニスプレーヤー、そうだ、大阪ナオミと言ったような。ぞな」

「そうだ。一人だけ、結婚してしまったから、別姓になったとか。でも、離婚してしまったそうだが」

「そうかあ。でも、最初の推理では、イチローを殺そうと狙っているって話しじゃあ」

「それは、中山七里の小説がそうだったから、それに影響されただけだ」

「そうかあ。じゃあ、実は、モトキはイチローに殺しを止めさせようとして、付け狙っているのかも。今回も、その為に、呼び出して、怖くて痛い思いをさせたのかも。ぞな」

「成るほど。こりゃあ、もう、今回の情報源は、モトキに間違いないぞ」

 タブレットの中でミコが頷いた。

 ミヤビは歩きながら、耳を澄ました。

 闇の中で、波がザブーン、ザブーンと音を立てている。

 空気に塩の匂いが強くする。

 道はけっこう凸凹している。イチローは呼び出されたのだろう。

 こんなところを歩かされたイチローは、きっと、肺がキシキシと悲鳴を上げていただろう。

 肺に浸潤がおきているんだから。

 ミヤビがそんなことを考えていると、別荘に着いた。

 結構大きな別荘だ。

 表札に名前は書いてない。だが、脇の電気の点検の計器に小さくモトキと書いてある。

中は、すでに三重県警の鑑識などの人間が来ていた。これは、ジュンたちの出番はなさそうだ。

 

    4

 

中に入った。まず廊下に入った。南側に面して廊下がある。廊下の入り口にブロックが二つあった。

廊下に、チョークで人間の形に跡が書いてある。人が倒れていた形だ。胸の処がまだ血だらけだ。

「これは?」

 ミコが聞くと、浮所警部補が、写真を見せてくれた。

「管理人の老人です。写真で解るように、もう九十歳で、ガリガリです。ナイフで数か所刺され、瀕死の重傷を負っていたので、病院に搬送しました。『犯人、――イチローでしょうが――、廊下で何かやっているところを見て、刺された』と言っていました。『横に三百万のダイヤが転がっていた。中の手持ち金庫にあった物だ』とも言っていました。イチローが盗んだようです」

「ここはモトキの別荘だと聞いた。彼は大阪ナオミの弟だが。連絡はつかないのか?」

 丸餅警部が、最初は所轄の警部補に説明して、最後はミコに聞いた。

「はい。カスガ警部補の情報だと、大阪ナオミとは縁を切っているようで、電話番号も知らないとか」

「そうか。成るほど。して、この廊下の赤い血は? 予想はつくが」

「管理人の老人の刺された血です。ダイイングメッセージもその血で書かれています。ま、死んではいませんが」

「掠れていますが、『ダイイングメッセージはロミヒーの』と読めますが」

 ミヤビは廊下の字を読んだ。

「説明します。このダイイングメッセージはの文は、管理人が、犯人を見つけた時に書いた物です。その前に、一度刺されて、それで死ぬと思って書いて、でも、書いている最中にまた背後から刺されて、意識が途絶えたようです。繰り返しになりますが、犯人は何か廊下でしていて、横に三百万のダイヤがあったとか」

「成るほど。で、鍵は?」

 ミコが聞いた。

「はい。窓もドアも内側からかかっていました。窓から見て、相当な血があり、もしかしたら殺人か、と思い、ドアをぶち破って入ったら、殺されていたのは猫でした。机の陰で見えなかったのです。それで、犯人は、ダイヤだけ盗んで密室にして逃げようとした。だが、管理人に見つかって、一回刺した。で、また密室の作業に戻っている間に、管理人がダイイングを書いた。だが、管理人が文章を書いた後、一回ここを去って、また戻ってきて、今度は本当に致命傷になる傷を負わせた。で、逃げたようです。その後、たまたま近くを警邏していた我々がその老人を発見したんですが」

「ふむ。別荘の所有者のモトキはどうしていたんだ?」

 丸餅警部が聞いた。

「ボートで立ち去ったようです。そちらに電話して、自分の用事は済んだと思ったんでしょう。我々がここへ来る途中、ボートで立ち去る音がしていました」

「成るほど。ちょっと質問」

 ミコが声を上げて、続けた。

「見ると、ドアの鍵は縦横の簡単な奴で、下に焦げた糸が落ちているし、鍵にひっかいた跡もある」

「その通り。でも、密室です」

 浮所警部補が密室に力を込めた。

 ミヤビは部屋の中を見回した。

 ドアは上の方が嵌め殺しの窓になっている。三角ガラスの組み合わせの形になってはいるが、前回のような民芸調ではない。

 部屋の中を見た。サイドボード、上にテレビ、ステレオ。机、ソファーがある。ベッドは隣の部屋か?

 参考までに、隣の部屋も見た。ドアの上が、リビングと同じ三角形の組み合わせ窓で嵌め殺しになっている。

 リビングに戻ってくると、ミコが語り掛けてきた。

 

    4

 

「『ダイイングメッセージは、ロミヒーの』というのがヒントになりそうだが。ロミヒーと言えば、芸能界用語で、ひっくり返してヒロミ。あのヒロミと言いたかったのだろう」

「ぞな。とすると、ヒロミの妻? ああ、でも、それはないなあ。ヒロミの妻にはとてもじゃないが、密室のトリックを考えるような頭はないような」

「まあな。僕は、わざわざ『ダイイングメッセージは、』と付け加えたところにヒントがあると思う。さっきも言ったが」

「というと、何ぞな?」

「あのなあ。管理人のジーさんは、死にかけていたんだ。その中でも、わざわざ『ダイイングメッセージは、』と付けたのは、ヒロミにしかないものだ、と思う」

「ヒロミにしかないもの?」

「あるいは、ヒロミが得意としている物だ」

「建設用材?」

「そうだ。もっと言うと、レジンだ」

「はあ? 飛びすぎていて、解らない」

「そうか。じゃあ、まず頭から考えてみよう」

「はあ。ぞな」

イチローはレーザー銃を持っている」

「ぞな」

「それで、上の三角のガラスを切り取る。そして、下の鍵を縛って、糸を上に延ばして、三角ガラスの切った穴に通す。そして外に出る。それから、鍵を横にして、上の抜いた三角ガラスの処から手を入れて、糸を縛ってある元の処を、レーザー銃で狙って、やたらに撃つ。で、糸を燃やした。なので、鍵に傷がついた」

「成るほど。ぞな。上の窓はきっと、玄関の処に置いてあるブロックに乗ったので、腕は届いた」

「そうだ。その後、切った窓の端を透明のレジンで張り付けた。これは透明な樹脂だ。暖めて、即乾かした。アクセサリーによく使われる。今回は厚手のガラスじゃないから、前回みたいな民芸調にはできない」

「成るほど。レジンか。じゃあ、爺さんは、そこを見たんだ。でも、レジンていう言葉を知らなかったんで、ヒロミがテレビでよく使うと書きたかったんだ」

「そうだ。でも、もう一度、イチローは戻ってきたんだ。致命傷を負わせたんだから」

「ああ、そう。ぞな」

「つうことは、もう一段階、奴は何かやっている」

「何ぞな?」

「多分、この窓を調べても、レジンは検出されないと思う。蛍光顕微鏡でないとダメだが」

「じゃあ、何をしたと言うんだ? ぞな」

「嵌め殺しにヒントがある」

「嵌め殺し?」

「そうだ。嵌め殺しは、きつくて、ギュウギュウと押し込んでも、一見、嵌め殺しに見える」

「つうことは。どゆこと?」

「隣の部屋のドアの上の窓と交換したんだ」

「成るほど。隣の部屋のドアの上の窓も同じサイズ。上からひっかけるだけ」

「そうだ。でも、かすかに歪んでいて、すっきりとはまらなかった。で、ギュウギュウ押し込んだ。で、嵌め殺しに見えた。後で隣の部屋のドアの上の窓を調べてみれば、どれかの三角窓がレジンでくっつけてあるはず」

「了解。ジュン。後で科捜研に持ち込んで」

 ジュンからは、「了解」の返事があった。

 ミヤビは、最初から上の窓を外してやれば一発ジャン、と思ったが、黙っていた。よーくかんがえたら、それだと、レジンの出番がないし。老人が苦心して、考える必要もないわけだ、と納得した。

「それにしても、可愛そうな猫。万力で締め付けられて、その間を銅のオブジェで割られている」

「後で手厚く葬るぞな」

 ミヤビは手を合わせた。 

「唾まで吐きかけられている、ぞな」

 ミヤビは抱きかかえた。

「その唾は、イチローの犯行の証拠となる。ハルが匂いでイチローと特定しただろうが、補強になる」

 ミコが目を輝かした。

「ぞな」

 ミヤビは唾の処だけ、切り取ることにした。 

「AIミコと第十係、解体屋」第五章

 

    1

 

 三浦半島三浦市。三浦署

 所轄の王警部補が、ミコとミヤビの電話を受けていた。

イチローという連続殺人鬼がこの近くに来ると言うんですね」

 王警部補が聞いた。王警部補は五十がらまり。筋肉質のがっちりした体をしている。だが、てっぺん禿だ。

「ええ。さる筋から、そっち方面に行くんじゃないか、という情報が入ったんですが」

 ミヤビが答えてきた。ミコと話す時以外は、「ぞな」病はでない。

「解りました。三浦半島は広いです。重点的に警邏しましょう。して、何か手がかりはありませんかね」

「そうですねえ。三鷹署のカスガ警部補がイチローの周辺の自分物から聞き込みをしたんですが、それからすると、どうもミステリー、特に暗号系の物が好きとか。怪奇好きでもあるようです」

「怪奇系というと、ディクスン・カーのバンコランの活躍するような」

「古い物に詳しいですねえ。そうです。『蝋人形館』なんかが出てくるような奴です」

「そうですか。半島の付け根には、蝋人形館もありますので、当たってみます」

「お願いします。そこで、同じ趣味の奴と落ち合って殺す可能性があります。あくまでも可能性ですが。今までは催眠術をかけられて、痛い思いをした、その仕返しですが、今度はシリアルキラーになったような、ことを言っていましたので。自分が殺される前に、自分から積極的に殺してやると。おっと、イチローを殺そうとしている奴が二人ほどいますので」

「なるほど。今のお話からすると、その連続殺人犯とお話になったのですか? なぜ、その時逮捕しなかったのですか?」

「ああ。逃げられたのです。二十メートルほど離れた川の対岸にいまして、素早く逃げられました。兎に角逃げ足の速い奴で。一か所にとどまらず、一つ殺人を犯すと、すぐにモーターボートを盗んで別の場所に逃げるんで」

「なるほど。解りました。注意して警邏します」

 そこで、電話は切れた。

 

     2

 

 寂れた旅館。おそらく廃業している。周りには木が生い茂り、昔庭だった所は、雑草だらけだ。中に入った。

 明かりは割れた窓から差し込む月明かりだけ。

 窓はほとんどが割れている。不気味な夜だ。

 遠くでパトカーのサイレンの音がしている。

 蝋人形館の方だ。

 今夜、警察は忙しそうだ。

 俺はさる人間を呼び出していた。

 ミステリー、特に暗号系の好きな奴だ。ミステリー比べをしようと提案した。勝ったら百万をあげると。けっこう金に弱い奴だ。

 相手は電話ですぐに乗ってきた。

 俺は、今夜こそ片をつけるつもりだった。

 いつまでも、びくびくして逃げながら、ずるずるとお遊びをやっている暇はない。

「おい。俺だ。いるのか?」

 俺は大正風の桟の沢山ある厚手のガラス窓をガタピシ言わせて開いた。

 外に面した廊下。窓からでは、中に人がいるかどうかわからない。

 そこで、窓の続きのドアに行って、思い切ってドアを開けた。

 ギシっという音がした。押して開けるドアだった。

 俺は中に入った。

「どこにいる?」

 問いかけると、隅の暗がりから声がした。

「ここにいるよ」

 シュッツ!

 俺はその辺をめがけて、すかさずナイフを投げた。ギシュッと皮をかすった音がした。

「ウ、ク!」

 抑えた悲鳴と、血の滴る音がした。森閑としていて、良く響いた。

「復讐だと思ってもらいたい。痛い思いをさせられた。お前も催眠術に関わっているんだろう?」

「ふん。邪推だ。お前ごときに復讐と言えるのか?」

 バシュ――!

 皿のような物が飛んできた。

 ガギュ!

 というような音がして、俺の頭にぶつかった。

 激痛が走った。

「おやおや。穏やかじゃないねえ。ひとつ、穏やかにいこうじゃないか」

 俺は、俺が始めているにも関わらず、折衷案を出した。

「ふむ。お前が先に手を出したんだろう」

低い声が響いた。声が響く度に、風が流れる。そんな静かな空気だった。

「解った。趣向を変えよう」

 俺は提案した。

「良――し。それでよい。こっちもそう思っていたところだ。お前、暗号ミステリ-が好きだろう」

「良く知っているなあ」

「それでは、これから、本を一冊やる。それを、暗号通りに解いたら、百万差し上げる。いこうじゃないか」

「ふむ。中々話が解るじゃないか。暗号は得意だ。それでどんな本だ?」

「これだ」

 バシュンと埃っぽい床の上に、薄い一冊の文庫本が投げ出された。

 月光の中に埃が舞い上がる。

 俺は敵に背中を見せないように、すり足で壁に沿って屈み、そっとその本を手に取った。

 ディクスン・カーの『三つの鏡』だった。

「ふん。レベルの高い所をみせつけやがって」

「お褒めにあずかってありがとう。早速行く。11-3-5」

 敵がすばやく数字を読み上げた。咄嗟には思いつかなかった。

「考える時間はたっぷりある」

敵が声高く叫んだ。

「どういう暗号だ?」

俺は低く呟いて、しばし考えにふけった。

その間わずか、十秒。で、ひらめいた。十一ページ、三行目、五文字目。だが遅かった。

「こういう考えだ――」

空気が横に流れる気配がして、敵が声高く叫ぶと、いきなり、俺の首にざらざらの縄が賭けられた。後ろから。

あ!っと思う間だった。

(俺としたことが。油断だ)

 そう思って悔やむ間もなく、縄が上に引っ張られた。

天井の梁にかけてあったみたいだった。

ギシュギシュギシュ。

縄が気味の悪い音を立てて、上にひっぱりあげられた。敵は全体重をかけている。

「己――。卑怯なあ――!」

俺は全身をゆすって、もがいた。縄が大きく揺れた。

そして、しだいに、しだいに、深く首に食い込んだ。

ギュルルンというような鈍い音を立てて、皮が深く食い込んだ。

う、グ!

血流が停まった。

逆流する。

体重で首が引っ張られ江、神経と血管と頸椎の筋がギュイイイイ――ンと伸びて、首が一メートルも伸びたように感じた。

首の中は交通乱走のような状態だった。俺は妄想を見ているのか?

キキキーーっと車が急停車するように血液が停まって、神経が頸椎を避けて、キャキャキャーと、バイクが迷走するような、急ブレーキのような音を立てて、転がっていく。 

さしずめ、道路なら、ボールが転がっていく感じだ。椎間板がシュルシュルと横に激しく動いた。

もっと血が大量に頭に逆流した。

プチプチと音を立てて、神経と血管がちぎれていった。

「糞――」

必死の声を絞って、指で縄を剥がそうとしたが、一センチ以上も深く食い込んだ荒縄は、びくともしなかった。

シュルルというような音を立てて、股間が熱くなった。

失禁したのだ。

頭の中が逆流した血で真っ赤になって、二倍にも膨れ上がった気がした。圧が半端ねえ。

「糞――。呪ってやる。俺はしつこいぞ――」

俺は苦悶の掠れ声を出して、意識が途絶えた。

舌がダラーーンと、十センチも伸びたように思えた。

     3

 

「大変です。大変です。三浦の蝋人形館の近くの廃業した旅館で、人が首吊りで殺されました。管理人がうるさいと思って、近くに行ってみると、逃げて行く男を見ました」

王警部補が上ずった声で、ミヤビたちに電話をかけて来た。

ミヤビたちは三浦半島に上陸したばかりだった。

「そうか。しまった。今回も、催眠術にかけられたイチローがしでかした殺しか?」

 ミコが叫んだ。

「でも、それにしては、殺しがすばやいというか。今までとは違うような。管理人は、殺しの最中の騒音を聞きつけて、駆け付けたんだろう。もっと詳しく聞いてみろ」

一緒にモーターボートで来た丸餅警部が不信な目で、ミヤビに命令した。

「解りました。もっと詳しく話してください」

 ミヤビが問いかけたが、相手の王警部補は、他のことに気を取られているようだった。

「それより、殺しにしては、現場が変なんです」

「どういう風に?」

「今、近くを警邏していたところで、管理人と出会って、聞いたんですが、窓とドアが中からしまっていて、密室です。窓から懐中電灯で覗いただけなんですが。確かに密室です」

王警部補が叫んだ。

「何と。早速臨場だ」

 ミヤビの持つスマホにミコが叫んだ。

三浦まで船で来ていた十係と丸餅警部と、若林警部補は、王警部補の教えてくれた現場まで走った。

 

    4

 

廃旅館。旅館は船で上陸した港のすぐ近くだった。現場で王警部補が待っていた。

案内され、玄関から入り、廊下から懐中電灯で覗いた。

その前に、廊下に面した窓。窓は桟の一杯ある大正風、というか厚みのある民芸風。うねりのある水玉模様が幾つか。

「ドアを壊して入るぞ」

丸餅警部の命令で、ドアを壊して入った。

ドアと窓には内鍵。ドアの鍵は垂直からくるんと倒して形。窓のカギは中から回す大正時代風の奴。

ドアの鍵を詳しく見ると、下に水が垂れてもおらず、ドライアイスのかけらもなかった。冷たくもなかった。

ミヤビには、それから推測できることはあったが、首吊り死体を下ろすことが先なので、思考は後回しにした。

部屋の真ん中には、男の死体がダラーンと垂れ下がっている。

縄の端は、ご丁寧に、L字型の釘(壁に刺さっている)に縛りつけてある。

首吊り死体の下、椅子が倒れている。自殺に偽装したようだ。

急いで、若林警部補と王警部補が、縄をほどいて、死体を下ろした。

「まだ暖かい。今さっきやったと言う感じです」

 王警部補が叫んだ。

 後ろから、ハルとジュンも臨場していた。ヘリで三宅島まで運んだジュン2も来ていたが、来る途中、別の場所に設置させてきた。近くのコンビニの前だ。イチローが逃げるなら、きっとそのコンビニにより、食料を買うと予想したのだ。

ハルとジュンがさっそく鑑識作業に入った。

部屋の中には二人分のゲソ懇がある。

ハルが、そこからイチローの匂いを嗅げ分けた。

「確かに、イチローはここに来ました」

 ハルが冷静な声で告げた。

 他には文庫本が一冊。

 その時、ミコが死体の髪を掻き上げてくれと言ったので、ミヤビは掻き上げて、そして叫んだ。

「トーヤだ。ヒトデの兄だ(ここで、前にトーヤの姓を王と言った部分は削除)

「そうだ。トーヤだ。間違いない」

 ミコも同意した。続けた。

「僕たちの仕事を手伝う仕込みだったのに、何ということだ」

 ミコが嘆いた。

「どういうこってすかい? ギャーテー」

 若林警部補が聞いてきた。

「実は、秘密にしておいたが、トーヤは、最初の三鷹の事件のすぐ後に、僕たちに電話してきて、協力を申し出たんだ。それで、僕たちは、精神的な陽動作戦に出たんだ。イチローを偽犯人に見せかける作戦だと電話して、イチローを追い込んだんだ。そうだ。三浦半島イチローが行くかもと、僕たちに電話してきたのも、トーヤだ。クソウ。又又やられてしまった」

 ミコがタブレットの中で、地団太を踏んだ。

「何だ。トーヤは凄い奴かと思っていたが、ギャーテー」

 若林警部補が鼻を鳴らした。自分には知らせられなかったという抗議に意味もあるらし。

「すごい奴でも何でもない。僕たちが脅しの文句を言わせていただけで」

「何じゃ。そうか。それも脚本には組み込まなきゃならないのか」

「何が脚本だ」

「いや。別の話で。ギャーテー」

 若林警部補が適当に話をはぐらかした。

 ミヤビは、ハルの目玉の盗撮映像の件に関係あるなと推理した。

「ふむ。抜け目のない奴だ。脚本となると、映像だけではないんだろうな」

 ミコが疑り深い目を向けた。

「それより、イチローに電話してみるぞな」

 ミヤビは電話をかけた。だが、前の時以来ずっと電源を切っているらしく、イチローは出なかった。いや、正確に言うと、一回は出たのだが、すぐに切った。もっともGPSを気にしていたんだから、当然だろう。

なので、メールを打った。内容は次。

『お前がやったのか?』

 すると、すぐに返信があった。

『そうだよ。俺が催眠術にかけながら、殺したのさ。俺も催眠術はできるんだ。奴は首が伸びるという妄想を見ながら死んだろうよ。トーヤには復讐をしたんだ。八丈島の詐欺師と駐在に催眠就とかけ、俺に催眠術を掛けさせたのは奴だ。俺にはお見通しさ。復讐、復讐。俺はしぶといんだ。ヘヘヘ。俺はもう遠くへ逃げたからね。奴は、『俺はしつこいんだ。呪ってやる――』とほざいていたがね』

「クソウ。イチローはどんどんシリアルキラー化している」

ミコが歯噛みして呟いた。

すぐに追伸が来た。

『密室の謎を解いてみな。解けるもんならな。じゃ、GPSたどられるから。バイバイ』

 メールは切れた。

「クソウ。どうしても、密室の謎を解いてやる。ミヤビ。現場検証だ」

ミコが叫んだ。

「ぞな」

ミヤビはすぐに応じた。

「まず、ドア。内鍵を倒す形。でも、下には水もないし、ドライアイスのかけらもない。冷たくもない。つまり、氷やドライアイスを使って細工した可能性はない」

「窓は?」

「そうだぞな。内側からネジって回す鍵。窓自体は、民芸調の歪んだガラス。それは数個の水玉模様の所だけ。桟が一杯ある大正風の奴。厚手のガラス。水玉模様を詳しく言うと、五センチくらいの水玉模様」

「ふむ。その水玉模様は怪しくないか?」

 ミコが聞いた。

「怪しいか怪しくないかと言われれば、どっちともいえない。水玉模様が歪んでいるとしか。解らないぞな」

「クソウ! ゼッテー解いてやる」

 ミコがタブレットの中で、唾を飛ばした。

 

    2

 

翌朝。

 ミコが現場の傍にいて、まだ捜査を見もっているミヤビに話しかけた。

「密室の謎は解けたか?」

「ぞな。奴はレーザー光線銃を持っている。それを使ったに違いない、とまでは行きついたんだが、ぞな」

「そうだ。それだ。僕が謎を解いた。まず、ドアの鍵は開けたまま外に出る。で、レーザー光線銃の出力をマックスにして、外からガラスを丸く切る。この時ドアの近いc位置だ。そこから手を入れ、ドアの鍵を横に倒す。そして、レーザーの出力を弱くして、切り取ったガラスを吸着板でもって、元の位置にくっつける。で、レーザー光線銃の出力は弱いから、ガラスを溶かすくらいの威力しかない。で、ガラスの周りを熱して、どろどろにしてくっつける。これで民芸調のガラスの水玉の出来上がりだ。しかし一か所では不自然なので、数か所もやった。以上。QED」

「ぞな。これでイチローの犯行と証明された、ぞな」

「そうだ。次は、どこへ行ったかを一時いれられたGPSから推理するぞ」

 

    5

 

 次の場所を探す前に、久しぶりなので、ミヤビは任一郎に電話してみた。

 任一郎はすぐに出た。

「ほーいい。苦労しているかい?」

 明るい声がかえってきた。

「苦労はしている。それより、ちょっと聞きたいことがある」

「何だい?」

「ある人物のレントゲン写真を撮ってみた。正確に言うと、犯人と思しき人物の胸の写真だ。コンビニには絶対に行くと踏んで、コンビニの前にジュン2を仕掛けておいたら、見事にヒットした。それと一緒に、そのコンビニの防犯カメラの映像をもらって、歩容認証にかけたら、犯人だと判明した」

「で、レントゲン写真に、何か、不審な影が映っていたんだね」

「その通り。肺に空洞、浸潤というのだろうか、崩れたような跡、それと、結節が見えた。これって、何か肺の病気ではないだろうか?」

「ふむ。その可能性は高いねえ。その前に、その犯人、粘っこい痰のからむような咳をしていなかったかい?」

「ビンゴ。していたよ。一回、電話に出た時にしていた」

「じゃあ、間違いないね。肺ジストマ症だよ。血痰や粘っこい痰が出るんだ。その犯人、サワガニのいる所へ行っていなかったかい?」

「あ、行っていた。前回の事件の時、漆の木があって、現場の所轄の警部補がサワガニをすりつぶして塗るとかぶれに聞くと言っていた。見たら、現場にサワガニがいた」

「じゃあ、間違いないねえ。これは、サワガニの生食によって、腸に取り込まれた幼虫が、小腸、腹腔、横隔膜を通ってm肺に到達して寄生するんだ。レントゲンには、空洞、浸潤、結節が写るんだ」

「解った。じゃあ、犯人は、その病気ってことだね」

「早く逮捕して治療をした方が良いよ。悪化すると、ヤバいよ。じゃあ、頑張ってね」

 電話はそこで切れた。

「ふむ。ついでながら、第二の現場にイチローがいたことが証明されたな。ふむふむ。悪化させるか」

 今の電話を聞いていたミコが不気味な声で囁いた。

「そんなあ。早く逮捕するぞな」

 ミヤビは一応反対したが、悪化したら、自首してくるだろうとも、考えていた。

「AIミコと十係。解体屋」第四章

 

     1

 

 同日。三宅島。昼過ぎ。

 俺(イチロー)は三宅島で超美人の女に声をかけられた。

「実験しませんか❓ 一回、十万さしあげます」

「する。金は欲しい。でも痛くない?」

「全然痛くないです。可愛いものです。ちょっと皮膚感を試すだけ」

俺はちょっと不安は感じたが、十万には勝てなかった。

{OK}

 白いモルタルの建物の、実験室みたいな部屋に連れていかれた。外側からちょっと見には、こじゃれた別荘のような感じだった。建物は河川敷にあった。

 ヘルメット――コードが沢山ついている――とか、他にもわけの判らない危機が沢山置いてあった。

 椅子に座らされて、ヘルメットをかぶせられた。

 良く、映画で、脳波の実験なんかする時に使う、頭に端子が沢山ついた奴だ。

 ちょっと嫌な気がした。

「あのう、ちょっと待ってもらえますか?」

 抗議はしようとした。

 しかし、その時はすでに椅子にがちがちに縛り付けられて注射をされてしまった。

 その注射も人のOKなどなく、「ちょっとチクっとしますよ。気持ちよくなる注射ですから」と、看護師が微笑みながら、何の躊躇もなく、流れるようにスムーズにしてしまった。

 すると、急に舌が動かなくなった。

 目がトローンとして、良い気持ちになてきた。

 目の前に大きなモニターみたいな物がもってこられた。

(ははあ。ここに何か写されるのだな)

 そう思っていると、違った。

 モニターの前に、幽霊のような、存在感のない長い髪――腰までもある――の女がふわ~~と現れた。

 女は、超細く、ボロボロの警察官の制服を着て、長い髪が顔を隠していた。

 超細い女が長い髪をかき分けた。

 すると、貞子、いや、駐在だった。さっきの超美人の女は、駐在の変装だったようだ。

「ななななな、何だ、お前が? 死んだはずじゃあ」

 俺は心で叫んだ。声は出なかった。

「それは、幽霊になって、よみがえったから」

 駐在の女が、唇を動かさないで、囁いた。風もれるような、喉から声が漏れるようなか細い声だった。

「嘘だ!」

 俺は又心で叫んだ。

「ホホホ。信じようが、信じまいが。本当なのよう~~」

 女は嬉しそうに、細く、カサカサになって蝋のような色の指を上げた。死んで蝋のようになっているからなのか。

 幽

「霊のような滑らかな動きだった。

「瞼を開けて、固定します」

 女の声と一緒に、上下の瞼をビュルッと引っ張って開けられた。

 結構古い映画「時計仕掛けのオレンジ」の中に出てくるような感じだった。

「指を入れます」

 指がするすると、眼窩と眼球の間に入ってきた。ガサガサして荒れて、同時に妙だが、ロウなような指だった。

「嘘だ――。止めろ――」

 俺は叫んだが声が出なかった。

 指は二本、三本と入って、すぐに五本、全部入った。

 皮膚がひび割れ、ガサガサと音がしそうな感触。痛い。ひっかかれるように痛い。

「ちょっとぬるぬるしますねえ」

 五本の指は、ぬるぬると、眼窩と眼球の間を彷徨った。

「止めてくれ――」

 声にならない。

 激痛に近い痛みが広がった。

(なぜ、指がそこに入るんだ)

 心の底のどこかで思っていた。

「それは、私が幽霊だから」

 俺の思いを察したのか、細い声が答えた。

 妙に納得させる力があった。

「ああ、ここに癌が」

 指が、何か揖保のような物をつまんだ。

「これは引っ張って取りましょう

 ギュウーーっと、揖保が引っ張られて、眼球の外まで伸びた・。

 激痛が走った。

「止めろ――」

 声にならない。

 ぎゅるぎゅると極限まで引っ張られたいぼは、プッツン。爪でつままれて、切れて取れた。

 ピッチョーーンというような音を立てて、眼球の外側の幕――網膜だろうか?――が元に戻った。

 生暖かい血が出る感触が走った。

「助けてくれ――」

「まだまだ手術はおわりませんよ――」

 五本の指が、また、ぬるぬるとぬめる眼球をまさぐった。

「これが視神経の束」

 指が視神経の束をひっぱった。

「助けてくれ――」

「これは、生かしておきましょう」

 指が視神経の束をもてあそんで、やがて離した。

(助かった)

 そう思う間もなく、五本の指は次の標的を探した。

「そして、水晶体と眼球だけを、握りつぶしてしまいましょうね。ホホホ」

 抑揚のないくせに、嬉しそうな声が喋った。

 女は高らかに笑って、眼球をギューーーーーット掴んだ。力任せに渾身の力をかけていると言って良かった。

 眼球がギュルギュルと音を立てて、五本の指で徐々に圧縮されていった。

 またまたまたまた激痛が走った。

「おいしそうな触覚だわ。にゅるにゅる、ぎゅるぎゅる」

 女は眼球を弄んだ。

 にゅるにゅる、ぎゅるぎゅる。にゅるにゅる、ぎゅるぎゅる。にゅるにゅるぎゅるぎゅる

にゅるにゅる、ぎゅるぎゅる。にゅるにゅる、ぎゅるぎゅる。にゅるにゅるぎゅるぎゅる

にゅるにゅる、ぎゅるぎゅる。にゅるにゅる、ぎゅるぎゅる。にゅるにゅるぎゅるぎゅる

にゅるにゅる、ぎゅるぎゅる。にゅるにゅる、ぎゅるぎゅる。にゅるにゅるぎゅるぎゅる

にゅるにゅる、ぎゅるぎゅる。にゅるにゅる、ぎゅるぎゅる。にゅるにゅるぎゅるぎゅる

にゅるにゅる、ぎゅるぎゅる。にゅるにゅる、ぎゅるぎゅる。にゅるにゅるぎゅるぎゅる

にゅるにゅる、ぎゅるぎゅる。にゅるにゅる、ぎゅるぎゅる。にゅるにゅるぎゅるぎゅる

にゅるにゅる、ぎゅるぎゅる。にゅるにゅる、ぎゅるぎゅる。にゅるにゅるぎゅるぎゅる

 いつ果てるとも知れぬ遊びをいつまでもいつまでも続けていた。

 俺はもう息も絶え絶えになって、叫ぶ声も出なかった。

「じゃあ、行くわよ――」

 女はさっきより強い力で、力まかせに、眼球を握りつぶした。

 ぎょろぎょろというような音を立てて、眼球がたわんで、たわんで、最後に、びちゃっという、蛙を踏みつぶしたような音を立てて、五本の指の形につぶれた。

 水晶体が飛び散った。

 たとえようのない激痛が走った。

「助けて……」

 俺は気を失った。

 

 暫くして、頬を強くたたかれて、気が付いた。

 まだ片目が火がついたように熱かった。

「どう? 軽い実験だったでしょう?」

 目の前に鏡が出された。

 片目はつぶれていなかった。

視床下部への刺激と、映像をリンクした実験なの。ありがとう。十万受け取って帰って」

「待ってくれ」

 俺は息も絶え絶えに声を出した。

「何?」

 貞子が振り返った。

「たしか、あんたは、死んだはずじゃあ」

「ああ、そのこと? あれは、ちょっとした冗談。この世には解毒剤というものがあるの。テトロのバヤイは、四時間以内に解毒剤を打てば大丈夫」

 糞。そうだったのか。それにしても、テトロドトキシンをテトロだなんて、テトリスみたいに言うな。馬鹿野郎。

 女が部屋から姿を消すと、すでに暗くなった窓の外から、「祟りじゃ――」の声が響いてきていた。その声が眼球にガンガンと響いた。 

 

     2

 

 同日。夕方四時。三宅島。

「大変じゃあ。大変じゃあ。くわばら、くわばら。駐在が殺されおったわい。何ちゅう世の中じゃ。ああ、嘆かわしや。世も末じゃあ!」

 新庄警部補が、泣きながら、捜査本部に駆け込んできた。

 今回、捜査陣は、三宅島の公民館に、捜査本部をかねて、寝泊りしていた。

 昨晩、寝ずに、どんなトリックを使って、イチローがアリバイを作り上げたかを、推理していたので、船の中、ここの公民館に来てからも、すぐには寝付かれなかった。なので、寝たのは朝方で、昼に起きて、おにぎりの朝食を食べていたところだった。

 新庄警部補は、ガラリと入口の戸を開いた。

 新庄警部補は、五十がらまりの小太りのお腹の出た、禿の冴えない刑事だった。服もよれよれ。靴も履きつぶしている。

 気配から察すると、その靴を蹴散らして、大きく息をつきながら、公民館に入ってきたようだった。

 ミヤビはミコを抱えて、首を伸ばして、新庄警部補を見た。

 どうやら、新庄警部補が、一番早く事件現場を発見したのは、駐在が三宅に行くと言って、先にこっちにきて、行方が解らなくなったようで。それで、ここに到着して、仮眠をすると、一人で探していたからであったようだ。

 新庄警部補は、川の東側の岸の上に建つ、何かの実験施設の傍で、管理人に、死人がいることを伝えられたとか。

 管理人は、夕方の点検で、四時少し前に来て、事件を発見したとか。

「駐在が、実験施設の机の上で、右目と右の脳を破壊されて、死んでおったんじゃ」

 新庄警部補が大きく息を吸って、続けた。

「大量の血と、脳漿が吹っ飛んでおって、そこらじゅうに飛び散って、そりゃあ悲惨な状況じゃ」

 新庄警部補は、息せききって、告げた。

 それで、まずは、AIロボット犬のハルと、AI科捜研のジュンが現場へ向かった。

 人間の鑑識は今回来ていなかったので。メカニックが一緒である。

 十係も一緒に行った。だが、傍で、鑑識作業が終わるまで見守るしかなかった。

 こちらに来て、合流した若林警部補と丸餅警部も同じだった。

 現場の実験施設は、別荘と言った方が良い建物だった。

 中は、八畳ほどの部屋が一つ。簡単なキッチンとトイレが付いていた。

 ドアと窓が開いていたので、ミヤビたちは、午後の陽ざしの中、ドアから覗いてみた。

 そばにいた管理人が言うには、火山性ガスの脳波への影響を調べるための施設だとか。

 中には、パソコンと、そこからつながった、PET(脳波を調べる機械)や、電極の一杯ついたヘルメット、実験の結果をプリントアウトするプリンターや、脳波を記録した大量の紙があった。

 駐在は、開いた窓の傍の大きな机の上で死んでいた。

 右目と右の脳が破裂して、新庄警部補の言うとおり、脳漿と血と眼球の中身が散らばって、酷い惨劇の状態だった。髪の毛の着いた頭皮とか。まつ毛の着いた瞼とか。灰色の脳の断片とか。まあ、色々。

 中で、ジュンが、微物検査、ハルが遺留の匂いを調べていた。

 検視官は来ていなかったので、新庄が、代わりとなって、直腸温度や筋肉の硬直具合を調べて、死亡推定時刻を出した。それによると、死亡推定時刻は、二時から三時の間であった。

 ジュンが微物検査をして言った。

「皮膚が焦げている。ラッブ(端が焦げている)の破片がある。机の上に、塩化ナトリウム、つまり塩がある。水に溶けている。以上」

 鑑識は、八丈島の捜査に残してきてしまったので、次はハルが匂いを嗅いだ結果を告げた。

イチローの匂いがあり、対岸へ向かっている。今ジュンが検査をしている間にちょっと時間があったので、川の浅瀬をたどって、対岸まで行ってみたが、イチローの匂いは、対岸まで続いている」

 ヒトデの兄の物も八丈島に、ヘリで届いたので、もってきて、ハルに嗅がせたが、ここには、兄の匂いはないとのことだった。

「やったのは、イチローか?」

 ミコが呟いた、

「またしても、だ、ぞな」

 ミヤビは答えた。

イチローに電話してみろ」

 丸餅警部がミヤビに言った。

 ミヤビは早速電話してみた。

 イチローはすぐ出た。

「はーい。お久しぶりだね。そうでもないか。で、事件?」

 ふざけた調子だった。

「今日の二時から三時の間、どこにいたぞな」

 単刀直入にミヤビが問うと、薄ら笑いと共に、答えが返ってきた。

「君らのいる河原の対岸で、ヒッチハイカーとずっと飲んでいたよ」

「代わってくれ。そのハイカーと」

 ミコが口を挟んだ。

 ミヤビが代わったハイカーに、伝えた。そして、今日の二時から三時、イチローが席を外さなかったか、と聞いた。

「トイレの二、三分だけだよ。それ以外は、ずーっと一緒にいたよ」

 対岸で、ハイカーが答えた。二人は、対岸の岸の傍まできて、立ち上がり、手を振りながら、大声を出している。

「ズーーっと一緒にいたんだよ――」

 川は、八丈島の時とは違って、浅瀬で、川幅は二十メートルくらいあって、渡れば渡れないことはない。だが、浅瀬の石を伝わってだから、片道五分はかかるだろう。とても二、三分で往復はできない。

「返して」とスマホから声がした。

 イチロースマホを返してもらったようだ。 

「今日の午後は、ずっと、こっちの岸にいたけど、その前、昼頃かなあ、駐在に変な実験をされて、右目が超痛いんだけど。でも、やったのは、俺じゃないよ。君らがそこにいるってことは、どうせ事件だろうが、何かあったの?」

 のほほんとした声がかえってきた。

「駐在が右目と右の脳を破壊されたんだ。それも二時から三時の間に」

 とミコが怒鳴った。

「へえ。もしかして、破裂? ここからじゃ遠くて、良く見えないけど。でも、俺じゃないよ。二十メートルも腕が伸びて、被害者の右目を破壊できないもの」

 イチローがせせら笑った。

「クソウ。ほざけ。つうか、待っていろ。今に逮捕してやるから」

 丸餅警部が叫んだ。

「御免だね。犯人は俺じゃないのに、逮捕されるなんて、無理。アリバイもあるのに、逮捕どころじゃないよ。じゃあ、さいなら」

 対岸から、イチローの姿が消えた。

「クソウ。あの野郎。ハルのトレースじゃあ、あの野郎に間違いないのに」

 丸餅警部が、悔しがって、地団太を踏んだ。

 ミヤビも同じ気持ちだった。

「右目を傷めつけられたと言っておった。よって、動機は十分にあるぞ。ギャーテー」

 若林警部補が腕を組んで、考え込んだ。

「いずれにしても、八丈島から鑑識を呼んで、指紋、ゲソ懇などを調べるぞな」

 ミヤビが提案した。

「だよな」

 ミコが同意した。全員が頷いた。

 その時、新庄警部補が、「痒い痒い、くわばら」と、騒ぎ出した。

 すると、全員がほぼ時を同じくして、痒い痒いと肩を掻き出した。

「おっと、この周りには、漆の木が沢山あるぞ、ギャーテー」

 若林警部補が、錫杖で指した。

「そうか。かぶれたのだ、ぞな」

 ミヤビも周囲に目をやった。確かに、漆の木がある。

「漆のかぶれは、沢蟹を潰して塗るとよいぞ。ギャーテー」

 若林警部補が意外な知識をひろうした。

「そうか。じゃあ、後でやるぞな」

 ミヤビは頷いた。

「ただし、臭いけどな。お勧めせんぞ。ギャーテー」

 若林警部補が経験を披露した。

 体を持たないミコは?と思って、ミヤビはタブレットを見た。

 ミコは、通信機能がついているので、十係本部に電話して、ジュン二号をヘリで三宅島まで送ってくれるように、頼んでいた。レントゲン機能の付いた奴だ。

「どうして?」

 ミヤビが聞くと、ミコは、フフフと軽く笑っただけだった。

 

   幕間。

 

 第二の現場の捜査をジュンとハルに任せた。徹底的に現場写真を撮るように、遺体の様子も。で、遺体は、捜査本部に運んでもらって、ミコがミヤビに若林警部補を呼ばせた。

 丸餅警部と新庄警部補が、イチローを探しに、島へ散らばっている隙にである。

 公園に若林警部補はやってきた。なぜかハルが一緒である。ハルは、匂いは嗅ぎつくしたと言って、ついてきた。

「お前の企みは知っているぞ。ハルに捜査現場を撮影させて、どこかに売る気だろう」

 ミコは単刀直入に切り出した。

「まあな。ギャーテー」

 若林警部補は、われ関せずという顔で答えた。

「でも、捜査の現場だけじゃあ、映像的に言って、地味だぞ」

 ミコがクレームをつける口調で言った。

「まあね。そこは、そこそこの魂胆がある。ギャーテー」

 そういって、若林警部補は、いきなり、空を仰いで、「光を」と叫んだ。

 すると、高い木の頂きの上あたりから、稲妻が走り降りてきて、若林警部補のすぐそばの土の上に落ちた。

「どうやったんだ?」

 驚いてミコがため息交じりに聞いた。

「へええ。まあまあ。ギャーテイ」

 若林警部補が、秘密めいた笑いを残して、去って行った。ハルも一緒である。

「しかし、これは売れる映像だぞ。だが、他は地味だ」

 後姿をみながら、呟いた。

「ぞな」

 ミヤビも同意した。

 

    3

 

 

十係。

ミコとミヤビは公民館の捜査本部に来ていた。

「さる筋に謎を解明されてしまったようなので、急いで謎解きをするぞ」

 ミコが潜めた声でミヤビに言った。

「ぞな」

「まず、第一の事件と、第二の事件、どっちが謎解きしやすいか」

「そうぞな。第二の事件なら、なんとなく解る」

「じゃあ、謎解きしてみれくれ」

「ぞな。第二の事件の現場には、塩化ナトリウム、つまり塩があった。液体の状態だったが。塩素は塩辛いから涙に含まれている。つうことは、ナトリウムが外部から持ち込まれたぞな」

「うん」

「では、ナトリウムはどうやって、持ち込まれたか。あれは、水に触れると大爆発起こす物体だ。それなら、前からラップにくるんで持ち込まれたのだろう。小指の先ほどでも、大爆発起こす。ならば、今回は、小指の先ほどのナトリウムを、ラップにくるんで、水筒にでも入れて、もってきたのだろう」

「なるほど。確かに遺留物にラップのかけらがあった」

「で、そのラップにくるんだナトリウムを、一旦去りかけた駐在を呼び戻して、殴って失神させて、瞼の裏側に仕込む。そして、そのラップを何かの凶器で焼いてやればいい。それは多分」

「それは多分?」

「レーザー光線銃。それも改造された奴だぞな。これなら、皮膚が焼けていたという現象にも合致する。崖の向こうから、皮膚の上を何回か照射してやればいい」

「ふむ。合致する。それなら、二十メートル向こうの崖の上にいたイチローでも、殺害は可能だ。それに、二、三分席を外しただけでも可能だ。つまりイチローはナトリウムとレーザー光線銃を持っていたことになる。刑事の調べでは、科学工場にいたこともあるということだから、充分に手に入る」

「これで、二つ目の照明は済んだ。イチローが間違いなく犯人だ。崖の向こうにいたのだから」

「ぞな。でも、第一の殺人が」

「それは、僕が謎を解こう」

「まかせるぞな」

「死体を縛った縄の先が十本に別れていたという報告があった」

「ぞな」

「それは、つまり、体重を十分の一に分散させるためじゃ」

「鋭い。ぞな」

「つまり、被害者の体重は、四十キロだから、十分の一。一本の縄には四キロの体重しかかからない。ティカップ・プードル一匹分くらいだ。これなら、一本一本の縄をドライアイスでくっつけることも可能だ」

「ぞな」

「で、イチローが犯人と仮定して、彼は、十本の縄の先を川に渡した滑車に括り付けた。いや、その前に説明が必要だ」

「ほう。滑車とな。説明を聞くぞな」

「そうだ。まず、イチローは、ドローンを使って、細く丈夫な糸を対岸の木に回して、縛りつけた。ドローンは羽が現場に落ちていたから、彼が持っていたのだろう」

「なるほど。対岸の木を一周するように回して糸を括り付けたわけだぞな」

「そうだ。そして、その糸の後ろに縄を縛りつける。これももっていたのだろう。で、縄を縛り終えたら、さっきの滑車を十個上に乗せる。滑車から枠が降りて、下に縄を結び付けられるようになっている奴だ」

「ふむ。その枠の先に縄を縛りつけたわけだ、ぞな」

「そうだ。そして、十本の縄を途中で切って、十個のドライアイスで固定する。これなら、目的の場所で遺体を下に落とすことは可能だ。少し待てばいいのだから」

「ぞな。で、遺体を滑車ですべらせて、目的の場所で落としたんだな、ぞな」

「そうだ。そして、滑車の回収だが、回収しなくても良い」

「どういうことだ、ぞな」

「対岸の木から、斜めに下にひっぱって、遺体の紐が切れた滑車を川の中ほどまで滑り下ろす」

「そうか。川の中に滑車と縄を落とす寸法だ、ぞな」

「そうだ。でも、滑車はそのまま落としても、縄は、回収したんだろうな。対岸から渡された縄があったら、絶対に、それを使ったんだろうと、思われる」

「ぞな」

「これで、第一の謎も解けた。やったのはイチローだ。対岸にいたのだから」

「ぞな」

「それにしても、イチローは、警部たちが相当に詳しく島を調べても、いないという情報が入っている。もうすでに、どこぞのモーターボートを盗んで、別の縞に逃げた、と考えられるな」

「ぞな。行きそうな島を当たるぞな」

「AIミコと十係、解体屋」

 

   第三章

 

  幕間

 

 一時間後。

 ミコがミヤビを捜査関係者から離れて、林の入口へ向かわせた。

 今回の捜査本部は、八丈島の公民館にある。

 今、駐在の体は、捜査陣皆の力で、公民館の遺体安置所へ運ばれていた。

 現場の鑑識作業は、AI科捜研のジュンが一人でやった。島部の鑑識(通称八丈島署の鑑識)は波が荒く、島に近づけなかった。

 ジュンは優秀だから、現場の鑑識は捜査はすでに終わっていた。

 さて、ミコとミヤビ。

 林の入り口で、ミコが小さな声で、ミヤビに囁いた。

「これは極秘情報なんだけど、刑事の中に、捜査の様子を画像に取っ手、ダークウエブに乗せている奴がいる」

「嘘」

「本当だ。僕は、ダークウエブに詳しいからね。どうも、AI警察犬のハルの片目に細工をして、映像を記録できるようにしたらしい。それを自分のスマホに送って、ウエブに乗せた。ハルは、遠隔操作をできるようにしたらしい」

「何でそんなことを? 規定違反だ。捜査情報の漏えいだろうが」

「きっと、ダークウエブには高く買ってくれるやつがいるのかもね。捜査の情報を得ることは、他にも色々と使い道はあるにちがいない」

「待ってよ。誰よ?」

「さあな。普通、そんな悪いことをできる奴は、気配を消すか、逆にわざと目立つ格好をしているもんだ」

「気配を消すって。三鷹からこっちへ来たのは、我々だけ。若林は遅れてくると言っていて、まだこない。丸餅警部も同様だ。でも、いかにも怪しいと言えば、若林か? でもあんな遠くから遠隔操作できるか?」

「どうだろうな。この島にも怪しい奴はいる。そいつならハルを遠隔操作できる」

「新庄警部補か? 駐在は死んだから」

「怪しいな。怨霊だの、祟りだのとほざく奴は怪しい」

「ふーん。して、どうする? 丸餅警部がやってきたら、報告するか?」

「やめとこう。つうか、暫く、様子を見よう。敵がどう出るか、見極めねばなるまい。それに、そもそも敵が誰なのか、発見せねばならぬ」

「解った。暫く静観しよう。して、イチローはどうする?」

「あいつは。使える。あいつを泳がせれば、ひとでの兄やイチローの腎臓のドナーがしっぽを出すかも」

「おおそうだ。イチローは殺されそうで、付け狙われているんだからな。了解。こっちも暫く静観しよう」

 ミヤビは自分でも驚くほど素早く何気ない顔に戻って、ミコを抱えて、捜査本部に戻った。

 

    1

 俺(イチロー

 俺はスマホの充電のために、村の民家の納屋に忍び込んでいた。

 納屋と言っても、主が趣味の部屋にしているのか、電気も水道も通っている。

 カギがかけてあって、こじ開けて入ったから、どうやら、主は今日はここへは戻ってこないようだ。

 すぐにコンセントは見つかったので、バッテリーを差し込んで、充電を始めた。

 そして、机の陰に隠れた。バッテリーの線も伸ばして、スマホも机の陰に隠した。

 ここで三十分は辛抱しなきゃならない。

 部屋を見回した。ガンダムのプラモデル、通称ガンプラや、ウルトラマンのモデルが所せましと、ガラスの棚に入っていた。

 デアゴスティーニだっただろうか、スカイラインのミニのモデルもあった。

 プラモデルマニアらしい。

 簡単なキッチンもあった。トイレもあった。三十分の間、ここでトイレにいきたくなったら、ここで済ませられる。一安心した。

 耳を澄ますと、ポタンポタンと水滴が垂れる音がする。

 水滴は嫌いだ。人を不安にさせる。

 思わずスマホを見た。まだ十分分しか充電できていない。

 その時、ホホホと笑い声がした。

「まずい、呼び出し音だ」

 慌ててスマホを取って、外に音が漏れないように、手にくるんだ。

 出ると、ひとでの兄の声が響いてきた。

「よう。この前は楽しんでくれたかい? テトロドトキシンを注射した女をお見舞いしてやったが」

「あれは、お前だったのか。偉い目にあったんだぞ。でも、女は死んだからな。崖の上から落ちて。刑事たちの捜査を崖の上の建物の影から聞いていたら、面な死因はテトロドトキシン。つまり俺は、従犯、てことだ」

「ほう。それはおめでとう。そういうことなら、もう一つ死体を放ってあげよう。お前の手で死体になる女って言い直した方がいいかな」

「どういうことだ? 腹に小型の時限爆弾でも飲ませた女を送りつけようってのか。いや、いや、いや。それより、俺がどこにいるか解らないだろう」

「それが、ちゃんと尾行しているから解っている。納屋だろう?」

「う!」

俺は思わず周囲を見回した。入口に細い女が立っていた。

「まさか」

「そうだよ。じゃあな。よろしく。断っておくが、時限爆弾じゃあないからな。ちょっとしたプレゼントだ。せいぜい楽しめよ。ああ、その女は、駐在の妹でな。昔島で投資詐欺を働き、島民からは嫌われている女だ。もしお前が殺しても、誰も恨まないからな。じゃあな」

 そこで電話は切れた。

 それと同時に、細い女は、するりと足を中に滑り込ませた。

金髪を長く伸ばして、ウエーブさせていて、大きな瞳がキラキラと輝いていて、腸美しかった。

「こんにちわ」

美しい女が、マスカラを何回も塗ったように長いまつ毛をゆっくりと瞬かせて、高く透き通るようなトーンの声であいさつした。

「あ、はい。でも、俺、充電しているだけで、これが終わったら、そそくさとここを出て行かないと」

俺はスマホを充電器に戻した。

    2

 

「大丈夫。というか。モニターだから。ちょっと実験に付き合ってもらうだけだから。すぐに終わるから」

 美しい女は、スススと入口をすり抜けて、ドアを閉めると、長いシフォンの薄ピンク色のワンピースをひらめかせて、上がり框を上がった。上がる時、バレーのトゥシューズみたいな音の立たない布の靴をするりと抜いた。

 女は、近づいて座った。良い匂いがした。ナンバー5か。

「あのね。モニターには、注射が必要なの。痛み止めだから。安心して。痛くはないから。ああ、お礼は、一万円ね」

女は、細い指で、小さなビーズのバッグから一万円札をだし、俺(イチロー)の脇に置いた。

「あの、俺、まだOKしていませんけど」

「大丈夫。ほんの小さな実験だから」

女は強引に俺のトレーナーのそでをめくって、目にもとまらぬほど素早く、ちくっと、細い細い注射をしてしまった。

じわーんと、気持ちの良い痺れが俺の体に広まった。

「何?」

「何って、これよ」

女が金髪の髪を一束、手に取った。

「髪が何?」

「髪じゃないの。形状記憶合金。フフフ」

 そう言いつつ、女を俺を横に向かせて、首の後ろに髪を押し付けた。

「何?」

「だから、形状記憶合金だってば」

 女が甘えるような声を出した。

「見て」

 女が、俺の首の前を指した。

 すると、そこから、白い糸のような物が、にゅるにゅるとのびだしていた。

「何?」

「だから、形状記憶合金よ。フフフ」

 白い糸のようなものは、首を貫いていた。

 その証拠に、真っ赤な血が糸の周りにまとわりついていた。材質は木綿の糸ではない。赤い血に染まっていない部分があるのだから。ナイロン製か? ふとそんなことを考えた。

血の雫がポタリポタリと木の床に落ちていた。

「何だ? 止めてくれ――」

 俺は叫んだ。

「もう遅いわ。これはあんたの視神経。もうじき目が見えなくなるから。ホホホ」

「いやだ――。止めてくれ――」

 俺は叫んだ。自分の声と一緒に、ひりつく喉に鋭い痛みが走った。

「止めてくれ――」

 俺はもがいて、糸を抜こうとした。

 しかし、糸はがんとして抜けない。

 逆に首の後ろが糸で強くひっぱられて、攣れるような痛みが走った。

「止めてくれ――。死ぬ――」

「ホホホ。遅いわよ。あんたは盲目になるの。ホホホホ」

「死ぬ――」

 その自分の声で俺は目が覚めた。

 思わず首に手をやった。糸は出ていなかった。

 横を見た。美しい女はいなかった。

「夢か」

 どこから夢かを考えた。そうだ、ひとでの兄の所からだと、感づいた。

 俺は深く息を点いた。そして、気が付いた。

 ホホホとスマホが叫んでいた。まだ充電中だったが。

 慌ててスマホに出た。

 

   3

 

 ホホホホホ。

「はい、イチロー

「おお、イチロー君。プレゼントは受け取ったかな」

「あれは何だ? 首から形状記憶合金を出すなんて」

「ほう。君は知らないのか。あれは催眠術師という」

「もう。関わらないでくれ」

「そういう訳にはいかない。君にプレゼントをあげるのは止めた。他の物をあげよう」

「ふむ。いらんわ」

「そう言わずに。直接君を殺すことにした。どうだ嬉しいだろう。というか、妹の気持ちが解っただろう」

「煩い。もう、俺に付きまとうな」

「そうはいかない。可愛い妹の敵だから。暫くは恐怖に震えて、泣いていておくれ。もうじき、じっくり調理してやるから。そうだ、君は解体屋という人物と知り合いだろう。ダークウエブで知り合えるとか。私も頼もうかな」

それだけ言うと、電話は切れた。

俺は怖くなって、慌てて納屋を出た。

 

   4 

 

十係。一時間後。

「XX旅館裏地で死体が発見されました。この島は怨霊に取りつかれています」

 怨霊大好き新庄警部補が、捜査本部に来て、ミヤビとミコに報告した。

「なんだそのトラベルミステリーみたいな報告は?」

「まあまあまあ、聞いて下さい」

 新庄警部補が一歩前に出て口を開いた。

「名前は西村知美。ニックネームはサーヤ。彼女はイカリ企画という投資会社の社長で、投資を持ちかけて、八丈島の島民を騙してことがあった。でも、資料不足で、不起訴になった。で、この島では詐欺師として、迷惑がられていた。またある時には、駐在の沢村巡査の妹名乗って、これまた金を巻き上げたこともあった。寸借詐欺ってやつですなあ」

「解った。で、どいう風に殺されたんだ?」

「首を細い錐で刺されて。ああ、因みに外見は、金髪の長髪で超細身で、超美人です」

「解った。じゃあ、先にAI科捜研のジュンを先に現場に臨場させて、鑑識作業をして。ハルも犯人の後を追うのに役に立つと思うから連れて行ってくれ。我々は、ちょっと調べることがあるから、その後から行く」

 ミコが先に行ってくれと、タブレットの中で、手を振った。

「了解です」

 新庄警部補はジュンを吊れると、先に出て行った。

 

 「さてと」

 新庄警部補が出て行くと、ミコが、「イチローに電話する」と言って、電話した。

 イチローはすぐでた。

「しつこくするなと言っただろう」

 イチローが出ると、すぐに怒鳴ってきた。

「何が、しつこくするなだ?」

 ミコが聞き返すと、「違うのか」の声が返ってきた。

「決まっておるだろう。我々は今初めて電話したんだ」

「そうか。でも、どうでも良い。俺にかかわらないでくれ」

 イチローが迷惑そうに声を荒げた。

「何だ。何か、誰かに、関わられたのか?」

「いや。大したことない。催眠術だとか、首から形状記憶合金の針金を出して、俺を殺そうとするとか」

「何だ、その形状記憶合金をだすとか、催眠術とかは?」

「だから、大したことないと言っただろう」

 またイチローが声を荒げた。

「ふむ。お前の今の発言から、推測すると、誰かに催眠術をかけられたんだな。それが、首から形状記憶合金を出す映像だな」

「何でそれが解る?」

「いや。想像したまでだ。で、ここからは更に僕の想像だが、その相手は、駐在の妹となのり、超細い美人で、金髪のロングのウエーブのかかった女じゃないか?」

「そうだが。何で、そんなことが解るんだ?」

 イチローが心底驚いた声で聞き返してきた。

「ふむ。そうか。別に気にしなくていい。単なる創造だから。で、話は代わるが、その催眠術師を送りこんできたのは、誰だ?」

「それが、どんなことと関係があるんだ?」

「まあまあ、後から離すから。誰に送り込まれた催眠術師か教えてくれ」

「ふむ。本当に教えてくれるんだな?」

「約束する。僕は嘘はつかない」

「それならいう。ひとでの兄だ。俺を殺すと公言している奴だ。でも、それは、催眠術師を送りこんで、俺を死にたくなるほどおびえさせるのに失敗したからからだと思う」

「そうか。解った。大体予想がついた」

「何だ。何が解ったんだ」

「まあ、後からゆっくり教えてやるから、安心しろ。それより、お前さんを逮捕しないのは、泳がせているだけだからな。安心しろ。つうか、ひとでの兄に殺されないように注意しろ。そっちは、僕らが逮捕するつもりだから」

「何を言っているか解らない。最悪な一日だ。超リアルな催眠術にかけられるし」

「解った。そのうち逮捕して、安心させてやるから。じゃあ」

 ミコは冷たく電話を切った。

 

「何だろう。殺された女は、多分、ひとでの兄に派遣されて、イチローに催眠術をかけた女だと思う。でも、どんな関係があるんだろう。首に形状記憶合金を通されたイチローと、まあ、催眠術だが、それと、首に錐を刺されて死んだ女」

「何だろうねえ。不思議だね。奇妙に似ているね。なんか関係があるのかな?」

 ミヤビも興味を持って、片目をつぶった。

「よっしゃ。大部、情報も集まったようだし、女の殺された現場に行こうぜ」

 ミコがレッツゴーのサインをした。

 

    5

 

 電話を切った後のイチロー

 俺(イチロー)は考えていた。

(あの電話は何だ)

(警察の話から類推すると、どうも、符牒が合いすぎている。つうか、共通点が多すぎる。兄は、催眠術だなんて、言って、もしかして、俺にやらせたのではないだろうか? いや、順番が違う。順を追って推理してみよう。まず、超細い金髪女。駐在の妹と名乗っていた女→これと、警察の話し。警察は殺人事件が仕事だし。つうことは、あの女が殺された? 女が立ち去ってから一時間以上たってから警察から電話がかかってきたから、あの女がどこか自分の家の方へ返る時間はるある。それから殺された違いない)

(なんか気味が悪い。警察は、やたらに絡んできていたし。首を細い物で刺されたとか。俺もそれと同じ映像をみさせられたと言ったら、変に納得した声で頷いていたし。多分、見えないけど、頷いていたに違いない。)

(何故だろう? まるで見て来たみたいなと言いたそうだった。やっぱり、あの女が、首を錐で刺されて殺されたんだ)

(でも、誰が? 考えられるとしたら、ひとでの兄か? もし、死体のそばに俺の物が落ちていたら、俺に罪を擦り付けるためとしか考えられない。俺の物なんて、ひとでにプレゼントしたものが、一杯あるから。俺たちの写真の入ったパスケースとか。俺たちの写真の入った銀のロケットとか。糞。あんなもの、やらなきゃよかった。でも、一時は真剣だったし。)(待て、待て。今を考えよう。兄は、俺に罪を擦り付けるやり方は止めて、直接殺すやり方に換えると言ったが、もしかしたら、両方を併用する方針に換えたのかもしれない)

(その方が、ダブルで恐怖を与えられるし。どうする? ヤバい。こんな島にはいられない。どうする?)

(漁船を盗んで、宮古島へ逃げるか? それっきゃないか。)

俺は重いため息をついた。

形状記憶合金を首に刺されたみたいな催眠術。酷いダメージだった。今でも痛い。

(そういえば、超美人の女は、いつ納屋に入ってきたのだ? 兄の電話から夢だと思っていたが、どうやら兄の話では違うらしい。)

(兄が電話をしてきたのは本当で、電話を切った後に、女は入ってきたらしい。だとすると、出たのはいつだ? ホホホホと呼び出し音が鳴った時は、すでにいなかった。だから、その前か。兄と共謀していて、女が出てから兄が電話をかけた?)

(それが合図で起きた? だとしたら、共犯者だ。その共犯者を、簡単に殺すほど、兄は凶暴な奴か? 解らない。一つ言えるのは、非情な奴だ。俺に罪を着せるためなら何でもやる)

 改めて背筋が寒くなった。

(それに、まだ心配がことがある。駐在の死体のそばで、警察の連中が話をしていたのを陰で聞いていたが、それを参考にすると、俺の腎臓のドナーも、俺を尾行して付け狙っているらしい。こっちも恐怖だ。手術の時、顔をみていないし)

     7

 

 三鷹

 カスガ警部補とディーン警部補の二人は、イチローの過去を調べてくれと、ミコ警部補から頼まれて、イチローの友達の家に来ていた。三鷹南。公園の傍。

 イチローの実家はすでに、両親もなくなって、兄弟もいないので、調べようがなかった。

 今日会ったのは、大谷(ダイコクと読むとか)という友達だった。

 三鷹の西のアパートだった。木造、モルタルだ。

 彼にあったいきさつは次。

 中学時代の名簿を頼りに、その当時の担任に訳を話して、大谷の名前を聞き出した。

 担任には、捜査だということで、当時の友達を聞き出した。担任は渋々教えてくれた。

 不良仲間だったということで、どうせ、ろくでもない事件の捜査だと読んだのだろう。

 大谷は、イチローの件で、と連絡を取ると、積極的にあってくれた。一度少年院に入ったことがあるが、今は更生して、食品製造業の会社で働いているとか。

 教えられた住所で、ピンポンを押すと、すぐに出てきた。

 ベージュの工場の上下(ワークマン製だろうか)を着ていた。髪もきちんと整え、眉も剃っておらず、綺麗に髭も手入れされていて、確かに更生していると解る顔だった。

 部屋は和室。キッチンと和室の部屋一つだった。家具はあまりない。

 大谷はコーヒーを淹れてくれた。キリマンジャロだった。

 カップにミルクを入れながら、カスガは聞いた。

「あのう、中学の時と、高校生の時の、イチローについて、聞きたいんですが」

イチローとは、中学の時からの不良仲間でした。ある時、バレンタインのチョコをもってきた女の子を浚って、襲って、スマホで撮影して、誰にもいうなと言ったんです」

 そこで大谷は過去をおもいだしたのか、悔しそうに唇を噛んだ。

 「僕と工藤は、無理やりにイチローに仲間に入れられたんです。僕も工藤も、父おやたちがイチローの父親から借金していて、断れなかったんです。で、問題の襲った事件の時も、僕は、無理やり、イチロースマホで撮影しろと言われて、撮影させられたんです。工藤は、見張り役でした。ある工場の屋上で、イチローが殴ったら、その女の子はすぐに失神してしまって、ことはすぐに終わりました。相手の名前も知りません」

「でも、それは事件になってはいないね」

 カスガ警部補がメモをみながら、聞き返した。

「はい。その女の子は、気が付くと、すぐに家の方に駆けだしていって、自分の家のマンションから飛び降りて自殺してしまいました。だから、事件にはなっていないです」

「なるほど。でも、高校の時のは事件になって、君と工藤君は自首したんだよね」

 カスガが続けて聞いた。

「そうです。その事件の後、暫くイチローは静かにしていましたが、高校の時、また病気がぶり返して」

「なるほど。一種の病気か」

「そうです。それで、その時の写真がこれです」

 大谷は一枚の不鮮明な写真を二人の刑事の前に出した。

「絶対に、今後は悪い奴の言いなりにならないようにと、戒めとしてもっているんです。これは、イチローがポラロイドで撮った写真です。今みたいにチェキが流行っていなかったので、ポラロイドをもって行って、自分はスマホの動画で、僕と工藤には、この写真をよこしたんです」

 大谷は、思い出したくもないという目でその写真を見降ろした。

 その写真はブレザー姿の上半身の女の子が写真で、シャツが胸の半ばまで下ろされていた。

 写真の女の子はぐったりとして、頬の痣が幾つもあった。何発も殴られたのだろう。

 涙と鼻血が横に流れていた。見るも無残な写真だった。

 丁寧に描いただろう眉も半分消え、眼は閉じていたが、つけまつげも半分剥がれ、口紅も横に流れていて、元の顔を予想することはできなかった。

「場所は、前と同じ工場の屋上で、僕は最初押えろと言われたんだけど、力が弱くて、手こずって、すっ飛ばされたので、工藤が上半身を押さえた。イチローが襲った。その子の名は、サーヤとか言って、工藤の彼女だった。だから、工藤は最初は抵抗したが、父親の借金のことを言われると、逆らえなかった。工藤は泣きながら押え、僕も泣きながらイチロースマホで撮影して、見張りもした」

「じゃあ、スマホの動画はイチローがもっていって、その後、ポラロイドで、君が撮影したんだ?」

「違う。ポラロイドはイチロー。僕らにも記念とか言って、よこした。でも、僕らは相当に混乱していたので、何もできないでいる間に、サーヤが、こっそり起き上がって、僕らの名前をスマホのメモに打ち込んで、隣のビルの屋上に投げてしまった」

「それで、君らはそれを取りに行かされたのか?」

「そう。でも、その前に隣のビルの管理人が、騒ぎの声を聞きつけ、自分のビルだと思って、屋上に行って、彼女のスマホを発見してしまった。で、僕らが、彼女のスマホを回収して、隣のビルから帰った時は、サーヤイチローと争ったのか、さっきのビルから裏に飛び降りて、自殺してしまっていた。その時、イチローが、知り合いに解体屋がいるとか言って、どこかへ電話していた。で、その時、小学校の同級生だろう、と口走っていたのを聞いた」

「なるほど。解体屋は小学校の同級生か」

「ええ。で、その後、隣のビルの管理人が、僕らの態度を怪しいと思って、後から追いかけてきて、屋上から下を見て、女の子が墜落ししているのを見て、警察へ連絡して、事件が発覚した」

「それで、隠しきれないと思って、工藤と君は自首したのか」

「その通りです。でも、それで、やっと、これで悪夢が終わるんだと思って、少しほっとしたのも事実」

「なるほど。で、そのまま少年院へと。なぜ、イチローは起訴されなかったんだ?」

「僕らが、イチローは後から来たと言えと、強制されて、そう言ったからです」

「なるほど」

「でも、少年院から出ても、今でも、あの時の悲鳴と泣き声が耳から離れない。夜も眠れない。睡眠薬十錠も飲まないと。それでも、うつらうつらするくらいで、悪夢にうなされる」

「罰を受けたんだな」

 カスガ警部補がぽつんと呟いた。

「ええ。そうです」

 大谷はうなだれた。

「なら、その時のイチロースマホがあって、動画が残っていれば、イチローも罪に問えるか?」

「もう、処分したと言っていました。でも、今回も事件なんでしょう? ネットのニュースで見ました。ひとでというイチローの彼女が殺されたって。絶対にイチローが犯人です。必ず逮捕してください」

 大谷は土下座して頼んだ。

「ああ。任せてくれ。今回は逃げられないよ。それより、解体屋が小学校の同級生だと情報を貰えて、大いに助かった。ありがとう」

 カスガとディーンは、捜査に戻るべく、立ち上がった。

 

 

      8

 

 ミコから新たな指令を受けたカスガとディーン。

 イチローが骨髄移植を受けている。相手はB型の人間だ、とのことだった。

「そのドナーを探してくれと?」

 カスガ警部補が聞いた。

「そうだ。近親者でB型の人間を探してくれ。イチローの友達の話しでは――友達の名前はイチローから直接メールで聞いたのだがな、君の無実を証明するために友達証言が必要だ、とか適当なことを言って――、イチローの両親はA型だったらしい。イチローの腎臓が悪くなった時、両親は近親者を探していたらしい。イチローが漏らしたのだが」

「そのドナーが何かしたんですか?」

「これはあくまでも僕らの推理だが、そのドナーもイチローを殺しにかかっているんじゃないかと思われる」

「何でですか?」

「だからあ、イチローに折角腎臓を一つ上げたのに、イチローは悪さばかりしているようだ。それで、天罰を与えようとしているんじゃないか」

「成るほど。探します」

 カスガは電話を切った。

 とりあえず、イチローの友達に――友達は小中学校の同級生名簿から拾った――イチローの親戚について聞いた。

 一人の友達が知っていた。幸いなことに、ある一家がB型だとかで、その家を教えてくれた。

 カスガとディーンはその家に行った。

 公園の傍の一軒屋だった。結構古い。モルタルだ。

 家の前に、中学か小学校の高学年の男の子がいた。ポケモンやって遊んでいた。

 キカン気の強そうな子だ。今は珍しい刈り上げだ。

 カスガはできるだけマイルドに話しかけた。

「あのう、君、ちょっと、聞きたいんだけど、君んちの誰かで、骨髄移植(の間違い)をしてやった人はいるかい?」

 すると、その子はゲームをしながら、画面から目を離しもせずに、ぼそりと答えた。

「骨髄移植してあげる、なんて、まじリスペクト」

「は?」

「だから、まじリスペクト」

 カスガはイライラして聞き返した。

「骨髄移植をしてあげた人は、いるのか、いないのか? どっち。君は耳がないのか?」

「へん。ディスってばかりいるんじゃねーよ。それじゃあ、レスは貰えないよ」

「ああ、口の減らなそうな野郎だ」

 カスガが声を上げると、男の子が、また見下したように答えた。

「小父さん。ウイルス変異ばかりしていると、リモートされるよ」

「ふん。変な言葉ばかり使っていないで、まともに答えろ」

 カスガは怒ったが、敵はまたも答えた。

「小父さん。デルタ株?」

 さすがにカスガは切れた。

「解った。話の分かるお母さんを呼べ」

 すると男の子は、わき目もふらずに玄関ドアを開けて、家の中に向かって叫んだ。

「お母さん、コロナ以前のウエットな奴が来たよ」

 良く解らなかったので、カスガは聞き返した。

「重いって、意味か?」

 すると、閉まりかけたドアから、鋭い返事が返ってきた。

「重苦しい、むさくるしい、うっとうしい、面倒くさい奴って意味だよ」

 ドアがぱたんとしまった。

「クソウ」

 カスガは短い間にたまった思いを吐き出した。

 母親はなかなか出てこない。カスガはまだ若いディーンに聞いた。

「最初のほうのは、日本語か?」

「ああ、あれは、世界共通語」

「くだらん」

 母親が出て来た。

   9

 

「あのうさあ、あたし今忙しいんだから。厚揚げと小松菜のバターしょうゆ炒めが冷めちゃう。急用でなきゃ、帰って」

 と言いながら、出て来たのは、三十五くらいのヤンキーがそのまま成長したとの感じの主婦だった。

 子供が十二くらいだから、二十そこそこで生んだのだろうな。ヤンキー仲間の子供か?

 カスガがそう思いたくなるくらいの派手な格好だった。

 髪は右がピンク。シャギーの入った肩くらいの長さ。左半分が黒。まつ毛は三重のツケマツゲ。アイラインは五ミリくらいはあろうかと思えるほど太い。おまけに、両目が真っ赤なコンタクトレンズ

 鼻ピアス、唇ビアス。耳にも太いわっかが二本。服はざっくりした綿ニット。これまたピンク。片方の肩が出ていて、黒の紐が見える。

 カスガが見とれていると、ヤンキーママは、菜箸の代わりのトングを振り回しながら聞いた。

「確か、骨髄を上げたひとがいるかって、息子から聞いたけど」

「あ、そうです。で、お名前は?」

「大阪ナオミ。有名なテニスの選手と同姓同名」

 ナオミママは誇らしげに言った。

「そうですか。それは、それは。大したもので」

 何が、それは、それは、なのかは解らないが、カスガは一応褒めた。

「で、肝心の骨髄を上げた人がいるかどうかについて」

「いないってば。弟は家出しちゃっているけど、どっかでヤンキーやっているでしょ。どうせ、まともな生活なんてやっていないし。人に骨髄あげるどころじゃないし」

「そうですか。で、弟さんもB型ですか?」

「そうよ」

「連絡先は?」

「知らない。不良とは縁を切ったから。もう、良い? 冷めるし」

 自分もヤンキーのナオミママは、そう言い捨てると、そそくさと中に入っていってしまった。

    9

 

 ミコと十係

 十係は西村知美が殺された場所へ行った。

 旅館は川岸の崖の上にあった。

 知美は川の瀬の処に横たわっていた。(前の方を修正)

 河原にうつぶせに横たわり、首の上の方、延髄のところに錐のようなものが刺さっていた。

 足が川に浸っていて、頭が崖の方を向いてあた。

 鑑識や八丈署の刑事が沢山いる。

 体は細くて、長い柔らかいウエーブのかかった、ちょっと茶髪っぽい髪が少しの血で汚れていた。死体と言われなきゃ、解らない。

 服は柔らかいシホンのワンピースで、裾が川の水にぬれていた。

 顔は下を向いているので解らないが、刑事が渡してくれた写真では、超美人だった。

 三十歳くらいか。

「地元の住民に聞き込みをしたのか。知美に関して」

 ミコはさっきから、「くらばら、くわばら」を繰り返している新庄警部補に聞いた。

 新庄警部補の外見は、五十くらいで、禿ちゃびんで、腹が出ていている。

「はい。詐欺師だったそうです。島には住んではおらず、たまに島に戻ってきて、投資の話をもちかけては、ドロン。で、次に帰って来た時に追及すると、近いうちに返すの一点張りだったそうで。でも知美は、出身は三鷹で、小学校までそっち。両親もすでになく、親戚もいません」

「なるほど。三鷹かあ。イチローやひとでの兄も三鷹だ。知らぬ中ではないだろうな。それにしても、詐欺師じゃあ、殺されても誰も悲しまないだろうなあ」

「はい。それと、ちょっと、関係ないかもしれませんが、催眠術を使うと、聞きました」

「なるほど。イチローの話とも合うな、超美人の女に催眠術をかけられたと、奴は話していたもんな。とても痛かったとも言っていたな」

「その恨みで、イチローが殺したのでしょうか。これも祟りじゃあ」

 新庄警部補がお得意の祟りじゃあ、を繰り出した。

「でも、一時間前、イチローは対岸の民家の主婦、よし子バーさんと話していたんだよなあ。別の刑事の聞き込みじゃあ」

 ミコがタブレットの中で思い出し顔になった。

「ああ、そうでした。死亡推定時刻は、午後五時から六時。でも、聞き込みでは午後六時には対岸の民家の主婦、よし子と話していました。」

「この崖を下って、深い川の部分を避けて、浅い所を回って、対岸に来て殺すには片道三十分はかかるぞ」

「つまりアリバイ有りってことぞなもし」

 ミヤビは断定した。ミヤビは今、「ぞなもし」病にかかっている。

「あ、関係があるか解りませんが、別の刑事の捜査では、対岸の主婦・よし子の家の裏手にドローンの羽が落ちていました。参考までに。くわばらくわばら」

 くらばら病にかかっている新庄警部補が補足した。

 

    10

 

「処で、ひとでの兄貴について、解ったことがあるのかな?」

 ミヤビにミコが聞いた。

「ああ、カスガとディーンに聞いたぞな」

「何と?」

「名前は王。両親が離婚しているのでひとでとは姓は違う。年は二十七歳。小さいときから優秀で、高校ですでにITの会社を立ち上げているぞなもし。今はやりの、ネットで音楽に合わせて、アニメを流す。アニメの製作会社ぞなもし。三鷹第三小学校出身。イチローも知美もそうだぞなもし。ついでに言えば、イチローが解体屋も同級生と漏らしていたとか。カスガ情報。この四人は、小学校の知り合いの可能性が高い。今、ひとでの兄の王の写真や持ち物をヘリで運ばせておるぞな。到着し、次第、ハルに匂いをかがせて、この殺害現場からトレースして、どこにいるか、兄に殺人は可能かどうか、を調べるぞな。もしこの現場に兄の匂いがあった場合だが」

イチローもな」

 ミコが口を挟んだ。

「ああ。駐在の爪で剥いだ肉片で、匂いを覚えさせて、ハルに、対岸の民家からトレースさせたが、トレースできなかった。すんごく遠回りして、浅瀬を渡ったかを調べても、トレースできない、つまりわたってはいない、ということぞなもし」

「そうか。じゃあ、イチローは犯人じゃないのか」

「ぞな」

 ミヤビは頷いた。

「カスガには、続いて、解体屋について、調べさせるがいいな」

「ラジャ。ぞな」

「そういえば、イチローは、漏らしておったなあ。ひとでの兄が、イチローには死ぬ以上の苦しみを与えると、言っておったと」

「ぞな」

「催眠術の痛みと言い、殺しの濡れ衣と言い、どうも兄貴が臭い」

「ぞな」

「兄貴の物が到着し次第、徹底的に兄貴の痕跡を追わせろ」

「ラジャ、ぞな」

「顔は換えているかもしれないが、匂いは変わらないしな」

「ぞな」

 

   11

 

その後、ミヤビとタブレットのミコはよし子バーさんの家に来ていた。川はそんなに広くないが、河原が広くとってあって、被害者の体のあった現場からは、河原を斜めに挟んで、五百メートルくらい離れていた。もう暗くなっていて、崖の上の家は木に囲まれ、ざわざわと木の葉が音を立てていて、不気味だった。昼間なら、薄いピンクと黄色の板で構成されていて、お洒落な家だった。物置がある。同じくお洒落。

 よし子ばーさんの家には、よし子バーさんはいなくて、タオばーさんがいた。目鼻立ちがはっきりしていて、昔は美人だったのだろう。もう70だった。

 ミコはもう一度、イチローのアリバイを聞いた。

「だからあ、五時から六時まではずっと、よし子バーさんとよもやま話しをしていたと、よし子バーさんはいっていたよ」

「ずっとですか?」

「そりゃあ、トイレくらいは外したかもしれないし。因みにトイレは、家の外にもあるから、お客にはそっちを使ってもらうよ。こりゃあ、明治からの風習だがよ。じゃが、五分以上はいなくならなかったとよし子バーさんは言っていた。間違いない」

「それで、六時過ぎにタオバーさんも直接会ったんですね」

「ああ。あったよ。寄合から帰って来たからね」

「そうですか。その時、何か、通常ではないことを言っていませんでしたか?」

「通常ではないこと? 別に。ああ、そうだ。ドライアイスをくれないかと言ったなあ」

ドライアイス?」

「そう。何に使うか解らないが、どうせ何かを冷やすんだろうと思った。で、ケーキについてた小さい紙袋のドライアイスがあるじゃろ。あれがちょうと十個くらいあったから、あげたぞ」

「そうですか。ありがとうございました」

 ミヤビとミコはタオバーさんの家を辞した。

ドライアイス。何に使ったんだろうな、そな?」

 ミヤビが独り言めいて言った。

「さあな。そのうちわかるさ」 

 ミコは、気にしてる風もなかった。

「そうだ。イチローの電話まだ生きているだろうし、聞いてみるぞな」

 ミヤビは電話をした。だが、充電が切れているのか、つながらなかった。

「本当に、もう。肝心な時に役に立たねえ奴だ」

 ミヤビは地団太を踏んで悔しがった。

「まあな。泳がされている立場としては、それが普通だろうなあ。できれば逃げ切りたい。まあ、こっちは、イチローを泳がせておいて、解体屋も一気に網にかけたい。これは双方の高度な心理戦だぞ」

「ああ、そうだ。居場所がつかめないと言えば、ひとでの兄もそうぞなもし」

「ひとでの兄?」

「そう。電話番号は解っているから、GPSでトレースしようとしたら、ずっと電源が切れている。トレースできないそな」

「ふむ。そうだろうなあ。イチローを殺すと宣言しているんだもんなあ。居場所を隠さなきゃ、殺せない。まあ、そのうちには電源を入れる時も来るさ。それまで待とうぜ」

 ミコはのんびりとしている。

   12

 

 ミヤビとミコは再度現場を見に行った。遺体は運ばれていてない。

 写真で確認した。

 第一の殺害現場。遺体は、紐で縛られていた。その紐の先が複雑に十個に別れていた。紐の先は切られてもいた。

 河原には、玩具の残骸など、ゴミが幾つもあった。

 再度写真を見てみた。死体は、首の後ろ(延髄の所)を後ろから、長い釘を刺されて、苦しむ間もなく死んだようで、一見、安らかな顔をしていた。

 タオバーさんのくれたと言っていた、ドライアイスは、鑑識の撮った写真にも見られなかった。

 もっとも、とっくの昔に蒸発したか。

 その日の夜は、もう遅かったので、八丈島で眠って、翌朝、モーターボートが三隻盗まれていると言う情報が入ってきた。

 イチローは、当然、こんな狭い島で隠れるところがないので、ボートを盗んで、三宅島に渡ったと推測された。警察も探していたが、どこかの廃屋か、洞穴にでも隠れているのか、発見できなかったし。もっとも、警察も手が足りない。

 他の二隻は、ヒトデの兄と、ドナー――いるとしたら――ではないか、と考えられた。

 十係のミコとミヤビと、新庄警部補は、ハルとジュンを連れて、三宅島に向かった。そこには、荒波で足止めを食らっている、若林警部補と丸餅警部がいるし。

 新庄警部補は、駐在が、理由は言わないが、自分も三宅島に行くと言って、漁船を借りて行ってしまったので、行くと言って、ついてきた。

行く前にミコが呟いた。

「役者が皆、三宅島に行ってしまったし。きっとあっちで何か起こるに違いない」

 ミヤビも、ここでの捜査は地元の鑑識に任せて、向こうに行くことにした。

   

 

 

「AIミコと十係」(解体屋)

 

  第一章、本土

 

     1

 

埃っぽくて、薄暗いじめじめとした室内。

 ルーレットの上を生首がコロコロと転がっている。

 コロコロ、コロコロ。なんとかってグループの曲の詞のキラキラ、キラキラ、みたいな調子で。

 生首は暗い照明の中で、どす黒いというか、どす赤い血をポタリポタリポタリとルーレット板の目の上に落としながら、だんだんと速度を落としていく。

 でも、止まりそうになると、また私が回すので、ほぼ永遠と思えるくらい長い時間の中を回転し続けている。

 生首は女の物だ。長い黒髪が、血でべったりと顔と頭の周囲に張り付いている。

 目は黒髪で良く見えないが、長いまっすぐなまつ毛を生やして、ガッと見開いている。

 鼻は特徴がないから略して、口に行こう。

 口は悔しそうに歪んでいる。黒髪の間から、真っ赤な口紅が見える。それが、回転するたびにルーレットの目にくっつくので、今はほぼない。

 女の名前は、ひとで(とりあえず)。さっき、別の場所で竹中が殺した女だ。私は解体屋。イチロウとたまに呼ばれる。今回は竹中に解体を頼まれた。

 竹中が何故、ひとでを殺したかは解らない。気の短い奴だから――実際、ダークウエブで私に移動する場所を教えて、解体を頼むときも、私がちょっと聞きなおすと、すぐに苛立って、声を荒げた。それに、「お前なんか」を頻繁に使う。言葉のDVだ。あんな奴こそ始末されてしまえばいいのに――きっと彼女と喧嘩して、あるいは、彼女が逆らって、切れて、殺してしまったのだろう。

 そう。さっき、あんな奴こそ始末されてしまえばいいのに、なんて言ったが、それは失言だ。あいつは大事な依頼主。お金は親がたんまり持っている。それからも上得意になるだろう。

 ところで、私(解体屋)が三鷹のこの古い倉庫――元はルーレットの賭博場だった――に来た時は、ひとではもう死んでいた。正確には、古い倉庫の傍の草原の中にいたのだが。私がここに移動したのだが。まあ、それは別にどうでも良いことだ。この倉庫に竹中のゲソ懇が残らないというだけのことだ。

 話を戻そう。ひとではもう死んでいたから、首を電動ノコギリでガガガガと解体した時も、血がドバーーっと出ることはなかった。手や足を電動ノコギリで切断してやった時も、じんわりとしか出なかった。肉は、牛肉の固まりに包丁を入れる時のように、サックリとメスが入ったのに。

 

 ま、それは良い。私は解体屋なんだから、ブシューーと血の吹き出すような、首筋のゾクゾクするシーンは我慢しなければならない。

 その代り、生首をルーレットで転がして、愛でているのだが。

 さあ、そろそろお遊びもお終いだ。このバラバラにした女の遺体を、それこそ、バラバラの場所に捨てなければならない。さらば、麗しの生首よ、ってところだ。

 私(解体屋)は、それぞれのパーツをそれぞれのビニール袋に入れた。床の血はそのままだ。ここ、もしくは、この近くで殺しがあった証拠は残さねばならない。

 それが依頼主の要望だ。なぜかは解らない。おそらく、女からストーカーまがいのことをされていて、殺してしまった。で、その女が死んだということを、その家族に知らしめるとか、そんな理由だろう。

 あるいは、その逆か。 ま、どっちでも良い。私(解体屋)には関係ない。

 

    2

 

 血まみれの生首や手足や胴体が袋詰めされたことで、少し血の匂いが収まった。

 すると、急に空腹だったのに気が着いた。

 机がないので、ルーレットの端に、パスタセットと紙皿を乗せた。椅子は壊れかけのがあったので、座った。

 ビニール袋から紙の皿を出して、袋入りの明太子ソースを黄色い茹でパスタの上に、ドロリと絞り出した。

 コンビニで買ったものだ。そこソースが大好きなのだ。トロリとして、ツブツブの浮き立つソースが、黄色いパスタにまとわりついて、絡まっていく。

 私(解体屋)は、ゆっくりと、プラスチックのフォークにそのパスタを巻き付けて、口いっぱいよりは少し少な目の量を口にそろりと入れた。現場を汚してはいけない。

 紙皿ごと回収するにしても、周囲に少しはソースが飛び散るだろうから、埃で汚れてはいるビニールクロス――現場に落ちていた――をルーレットの上に置いた。これごと回収すれば、周囲に飛び散った明太子ソースは回収されるだろう。

 私(解体屋)は、プチプチする明太子の食感と、とろりと舌にまとわりつくソースの冷たい食感と、アルデンテに茹でられたパスタの食感をゆっくりと味わって、噛みしめていった。

 依頼主君、ありがとう。こんな極上の瞬間を用意してくれて。おまけに、報酬まではずんでくれて。君は天使だ。

 そうだ。天使君に、お礼の印に、心臓と天使の羽のオブジェをおいていこう。

 そう思いついて、いつも持っているオブジェを袋から取り出して始末しようと思っていた心臓の横に置いた。

 心臓一つ置くくらい、許してくれるだろう。普通、死亡推定時刻は、まずは直腸温度。直腸がなければ、顎の関節などの硬直具合。約二時間で顎の筋肉の硬直は始まる。それも、今回はない。内臓があれば、腐敗菌が増殖し、膨らみ具合で一定の目安になる。しかしそれは、日にち単位だ。心臓があったくらいで、死亡推定時刻は出せない。

 おまけに、バラバラに捨てた腕などから、硬直具合を出したとしても、その時間、犯人はすでに、この場所にいない。殺してすぐに港へ行き、すでに猪島行のフェリーに乗ったと、スマホで言っていた。

 おまけに、バラバラにする際、私(解体屋)は念入りに間接にメスを入れておいたので、検視官は困るだろう。特定ができない。

 死亡推定時刻を出すのに役に立つには、これから私(解体屋)が起動する、被害者のスマホの時刻のみだ。これは、依頼者も置くのをOKしてくれた。これから私が起動するということは、その時間――今午後十時だが――まで犯人はここにいたと、警察は読むだろうから。

 まあ、被害者と犯人のメールなどは残ってしまっているが、それはしょうがない。

 スマホを起動して、今から心臓を映し始めた時間、依頼主の竹中は船の中だし。

 私は、ふと、床に置いてある文庫本に目をやった。一ページが開いてあった。

 『ひとでちゃんに殺される』という文庫本。ホラーだ。一番良く覚えているのは、地下鉄のドアに挟まれて、首がメリメリとちぎれるシーン。

「これからさきも、私にはネーだろうな」

 そこは諦めた。大人だから諦めるしかない。

 私は、心臓以外をカートに入れ、被害者の服とカバンは残して、ゆっくりと倉庫を出た。

 いや、その前、被害者の服を見た時に思い出したことがある。

 被害者の服は、制服だった。この近くの。ということは、まだ高校生か。

ま、それはどうでも良い。問題は、私が依頼者の小学校の時の同級生だったことだ。

 警察は、置かれた被害者のスマホのメールなどから、依頼者を割り出すだろう。そしたら、幅広く捜査をしていって、小学校時代の友達にまで捜査の手を広げはしないだろうか?

 でも、スマホをここに放置して、録画するのは、依頼者の依頼だし。内容を削除しても、復元したら、内容はすぐ判ってしまうだろうし。

 いや、小学校の友達にまでは捜査の手は広げないだろう。大体、依頼者が解ったところで、本星だと決めつけるだろうし。いくら、アリバイ工作をしても、日本の警察は、動機から捜査を進めるだろうし。

 まあ、私が解体屋で、小学校の時の同級生だとまでは、調べないだろう。そのせいで、依頼人のプロフィールをいくつか知っているのだが。

 私(解体屋)は、被害者の制服をみて、可愛そうに、と思っただけで、現場を後にした。

「私にも人並みの感情はあるんだな」と呟きながら。

 

 

       3

 

 

一時間後。同日午後十一時。

 十係のミヤビ警部補は、タブレットのAIミコ警部補を抱えて、吉祥寺と三鷹の境にあるXX神社に臨場していた。

 二人は西東京を管轄する吉祥寺分署。通称十係のメンバーだ。

 ミヤビ警部補は二十九歳。ほぼノーメイクで、中の上の顔。スタイルはモデル並。つまり、胸が超薄い。背は百六十だから、モデルよりは少し低い。

 AIミコ警部補は、十四歳の設定。初音ミクに似ている。似せて作られたから。他の特徴は、口が悪い。警察のビッグデータにアクセスできる。

 十係にはほかに、丸餅警部とか、有象無象の人間がいるが、並べきれないので、カット。主役クラスはこの三人だけ。おっと他にAI警察犬のハルとAI科捜研のジュンがいる。

 他に、スーパーバイザーとして、ミヤビの恋人の任一郎や、十四歳の鬼貫少年がいる。任一郎は万年医師国家試験落第組だが、医学には強い。なので、医学関係の事件の時は、相談する。

鬼貫少年は、祖父母が警察庁の局長であったし、おまけに大金持ちなので、県をまたぐ時など、協力を仰ぐ。ついでに、彼は三千冊のミステリーを読んでいるので、ヒントをくれる。

この二人はリモートで参加。

他には所轄の刑事と協力して、事件を解決する。

で、事件に戻る。十係に第一報が入ったのが、十分前。三鷹のいくつかの神社のゴミ箱や賽銭箱に、切断された遺体が入れられているというものだった。

早速ミヤビは、タブレットのミコを連れて、第一に遺体が発見された、XX神社に臨場した。丸餅警部はおいおい臨場する予定だった。

十月。まだ生暖かい風が吹き抜けていく。木の葉がざわざわと不気味な音を立てる。

黒のピッタリしたスーツのミヤビは、向こうから、低いお経のような声が近づいてくるのを聞いた。

最初は、ぶつぶつくらいで、良く聞こえなかった。

ミヤビは耳を澄ます。

すると、次のように聞こえた。

「ギャーていぎゃーてい、ハラソウギャーテイ。オンリーソワカ。ギャーテイ、ギャーテイ、ハラソウギャーテイ。オンリーソワカ

ミヤビは比較的近くまで自分たちを迎えに来てくれたカスガ警部補に、「あれは何?」と聞いた。

「ああ。あれですか。若林警部補です。唱えているのは、密教の経文。いつも唱えているんです。しいて言えば密教病とでも言いますか」

カスガ警部補が、手を組み合わせながら近づいてくる山伏姿の刑事を指した。

若林警部補という、山伏姿の刑事は、一心に密教の経文を唱え、山伏姿の和服の着物の裾を風になびかせながら、手には錫杖みたいなものをもっていて、時々じゃらんと鳴らしていた。背は中肉中背で、顔も髭などのない普通の醤油顔だが、頭が藁の鉢巻で、後ろに髪を束ねている姿があまりにも印象的で、目鼻立は詳しくは解らなかった。例えば二重とか、鼻が横に広がっているとか、そういう印象は解らない。

二人があんぐりと、口を開いていると、山伏姿の若林警部補が、月光の中をそろりそろりと近づいてきて、ゆっくりと声をかけてきた。

「そこのおなご。そう、そこの薄い胸のおなご。そこもとには、黒い女の霊がついておる。呪縛霊じゃ。それがしがお祓いしてやるから、うずくまりたまえ。それと、そのタブレットの中のおなごも同じじゃ。霊がついておる。早速お祓いを」

若林警部補が、天を仰いで、両手を上げ、錫杖を鳴らした。

「ふむ。ちょこざいな――。おぬしなど、一遍殺せ。一遍殺しやがれ――。吾輩も警部補じゃ――」

タブレットの中のミコがいきなり甲高い叫び声を上げた。

すると、若林警部補が、はっと真顔に戻って、ひざまづいた。

「おお、これは十係のミコ警部補とミヤビ警部補ではござらんか。失礼いたしました――」

「ふむ。面倒くさい奴じゃ」

 ミコはさらりと流して、でも、まだ憤懣が残っていたのか、軽口をたたいた。

三鷹署は、皆こんな奴だらけなのか。みんなこんな奴だったら、横に並べて、皆殺しにしてやるぞ――」

すると、カスガ警部補が――彼は、同僚に比べると、まだ外見は普通だった。ちょっと顔が四角いが――、慌ててとりなした。

「いえいえ。病気系なのは、あいつだけなので、ご安心を」

「左様か。安心した。で、状況はどうなっておるのじゃ?」

 本当に安心したのか、良く解らないが、一応ミコが先に話を進めた。

 

 

     

 

    4

 

「まず三十分前に、この寺の住職が犬の鳴き声が異常に騒がしいのに気が付いたんです。で、不審に思って、お堂の前まで来てみると、賽銭箱の下が少しずれていて、黒いビニール袋をかぶせた細長い脚みたいな物が飛び出していた。それを犬が齧って、ビニールが破れ、生臭い匂いがしていたんです」

「ふむ。遺棄した人間が、慌てていて、良く閉めなかったんんだな」

 ミコが感想を挟んだ。

「そうでしょうね。それで、賽銭箱をずらしてみると、股関節の下から切断された脚が二本と、頭があった。で、慌てて百十番したわけで。それから十分もしないうちに、まず鑑識が到着して、遺体の一部だと確認し、他の部分は近くの寺の賽銭箱の中に入れられているかも、と思い、近くの寺に電話して、捜索してもらった。すると、XX寺にに胴体、XX寺には腕が二本、いずれも、賽銭箱の中、黒いビニールに入れられて、隠してあった。」

「ふむ。死体遺棄者は、当分先にならないと、発見されないと予想して、そんなところに入れたのだろうな」

 またもミコが推理した。

「で、早速、警察側は切断場所はどこだろうと考え、AI警察犬のハルを使って調べました。すると、XX寺近くの廃屋、昔のルーレットの賭博場のあった所でした。そこに心臓と天使の羽のオブジェ(石膏の羽)が置かれていました。おっと、あと制服とカバンも」

「なるほど」

「さらに、出血量が少なかったので、殺害場所をハルに捜索させたところ、廃屋から三百メートルくらい離れた空き地に大量の血がありました。ナイフもあったので、殺害場所はそこだと特定しました。参考までに、指紋は拭かれていました。今、切断場所、殺害場所、遺棄場所に分かれて鑑識の捜査をしているところです」

「そうですか。で、聞きたいことがあります」

 ミヤビはカスガ警部補に聞いた。

「切断場所にカバンがあったのなら、身分証なども入っていたのでは?」

「はい。今、若林警部補が、そっちに向かっています。もう現場について、捜索もかなり進んで若林警部補にも報告が行っていると思うので、電話して、聞いてみます」

 カスガ警部補は電話をした。

 若林警部補は、さっき、同僚の刑事に呼ばれて、この現場から離れてしまっていた。錫杖を鳴らしながら。

 すぐに若林警部補は出た。

「ほーい。こちら若林でござる。その寺からほぼ五分の廃屋のルーレット場に来ているでござる。ここが切断場所に違いないでしょうな。汚れたフローリングの床に血が大量に流れておるぞ。と言っても、刺した時ほど大量ではござらぬ。切断した時の出血じゃ。ギャーテイ、ギャーテイ」

 若林警部補は一息ついた。

 若林警部補は、一息つくごとに、ギャーテイ、ギャーテイを入れる癖があるようだ。

「それで?」

 ミコが急かした。

「それで、ここには心臓と、塑像のオブジェの天使の羽があるぞ。中は十畳ほどのがらんとした空間だ。まだ電気は通じておったようじゃ。心臓は、残されたルーレット台の上に置かれておった。で、ここで血液が二種類発見された。今回からリニューアルして、血液検査もできるようになったAI科捜研のジュンの鑑定じゃ。心臓からはA型。床に落ちていた肉片――これは微物検査でジュンが発見したものだが――その肉片からはB型の血液が発見された。ハルの調べで、殺害場所はここから三百メートルの空き地と解っておるから、そこから服について運ばれたものじゃろう。ギャーテイ、ギャーテイ」

「つまり、きっと犯人と被害者は空地で喧嘩して、犯人の肉片が被害者の服に付いた。そこで、犯人は被害者を刺して殺した。で、遺体がそこから、犯人もしくは、べつじんの手によって、廃屋へ運ばれたっつうことね。肉片も付着して運ばれた」

「そうじゃ。因みに被害者の制服は、近くのXX中学のもので、切断場所に置いてあった。ギャーテイ。さっきも言ったか」

「成ほど。で、廃屋にスマホもあったとか」

「そうじゃ。被害者のスマホがあって、スマホの持ち主の名前は、秋野ひとで。イチローという男と頻繁にやりとりをしておった。ギャーテイ、ギャーテイ」

「で、イチローに電話してみたの?」

「おおしたとも。」

「そしたら?」

「そしたら、八時には八丈島行きのフェリーの中にいたと言いおった。こっちが死亡推定時刻はも言わぬうちにじゃ。ギャーテイ、ギャーテイ」

「つまり、死亡推定時刻は八時頃だと言いたいんだね。検視官の捜査では」

「そうじゃ。遺体は切断されておったが、直腸はされていなかったので、腸の奥に体温計を入れて、検視官が調べて、死亡推定時刻は、七時から九時と出した。ギャーテイ、ギャーテイ」

「そうか。じゃあ、犯人と切断者は違うってことだな。犯人は七時に殺して、切断者に依頼して、自分は、神奈川あたりの港に移動して、フェリーに乗った。そして、切断者は遺体を廃屋に運んで切断して、十時にスマホをオンにした。ダークウエブに解体屋というのがちょっと顔を覗かせているので、それだろう」

「ギャーテイ、ギャーテイ。その通りじゃろう」

「で、その先は? 被害者の名前とか」

 ミコが先を急がせた。

「そうじゃ。被害者の免許証があった。それによると、名前は赤坂ひとで。二十一歳。捨てられていた制服は、この近くのXX中学のせいふくじゃった。刑事たちに調べさせたところ」

「しかし、その年じゃあ、被害者はとうに卒業しているのでは? どういうこと?」

 ミヤビは聞いた。

「いわゆるイメクラと言う奴だったんじゃねえのかのう。ギャーテー」

「成るほど。キャバ嬢ならぬ、イメクラ(?)店の店員ねえ。イメージクラブかな? 制服なんかを着て、サービスをする」

「ギャーテー。多分、イチロウはお客だったんじゃろうと思って、この近くのイメクラの店を当たらせておるが、今のところ該当する店はない。つまり個人的に趣味」

「成るほど」

 

「おおそうだ。このたび新しいAI科捜研ジュン二号を投入した。レントゲンとエコーが装着されておる。それでざっと診断したところ、被害者は妊娠しておったと、検視官が。ギャーテー」

「ほうほう。科捜研の進歩のたまもの。なるほど。子供ができちゃっていたのか。それで、喧嘩して、イチローは殺してしまったと」

「ギャーテー。それと、イチローは追うんでしょうなあ。八丈島に渡ってしまったようですが」

「ふん。僕たちの偶然ながら、明日からオフだから、八丈島へいくぜ」

「ミコが叫んだ」

「エエーー?休みなのにい」

 ミヤビは文句を言ったが、「ミコが言い出したら聞かないし、決まったようなもんだし」とブータレたが、「しょうがないね」と自分を納得させた。

「ついでながら、それがしも八丈島へ渡るでござるギャーテー。この三鷹の現場は、カスガと他の捜査員に任せて、大丈夫であるし。ギャーテー」

 若林がじゃらんと錫杖を鳴らした。

「クソー、面倒くせ―。僕知らね――」

 ミコがOKの印にウインクした。

 口では、一緒に行くのは面倒クセーと言っている割には、面白がっているらしい。

 

 

 

   第二章、島

 

    1

 

 ポターリ、ポターリ。

 薄暗い部屋の天井から、重い血が垂れてきている。

 天井が明り取りの簀の子(すのこ)になっているのか、その隙間から血は垂れている。

 ポターリ、ポターリ。

 長い髪が簀の子の隙間から垂れ下がっている。結構長くはみ出している、

 二階に(多分ここは一階だろうから)女がいるのか? それも殺されて。

 しとどに血を流して。その血が、髪を伝わって、俺の上に落ちているのだ。

 ということは、二階の床は殺された女のどんよりした血で、しとどに濡れているのだろうか。

 二階からかすかな光が差している。簀の子の間から漏れている。柔らかい光だ。

 蛍光灯の光ではない。裸電球、それも、布で覆われたような。

 そうだ。フロアースタンドの光だ。それも、倒れたフロアースタンドだ。横向きの布を通した光だ。

 つうことは、フロアースタンドは血で湿っているんだ。ヤバい。このままでは通電して火が着くかも。

 ポターリン。ポターリン。血は止まらない。

 俺はもがいたが、何か重たい重力のような物にからめとられて、両手が思うように動かない。

 ポターリン、ポターリン。

 よく見ると、天井からの黒髪が少しずつ伸びている。

 どこからか、生暖かい風が吹き込んで、重いのにゆっくりゆっくり揺れて、伸びている。

 天井は低い。もしかしたら、机の下に押し込められたのかも。暗くて良く解らないが、それくらい、天井、いや天板は低い。

 きっと机の天板が簀の子なのだろう。

 ヤバい。伸びている黒髪が、意志を持っている物のように、俺の首に巻き付いてくる。

「止めろ――!変な悪戯は、止めてくれ――!」

 俺は叫んだ。でも、黒髪はするすると伸びて、喉に巻き付く。冷たい。血で濡れているから、ぞっとするくらい冷たい。

「助けてくれ――!」

 俺は、両手で、首に巻き付く、蛇のような黒髪をほどこうとするが、ダメだ。

 黒髪は、ギュルギュルと徐々に締め付けてくる。手が動かない。

「助けてくれ――」

 叫ぼうにも喉がキリキリと締め上げられ、声が出ない。

 そればかりか、息もできない。

 ヒューヒューと隙間風のような息がかろうじて通るだけ。

 息が苦しい。

 このまま絞殺されるのか。

「助けて――」

「ホホホホ。苦しんで死ぬが良いわ」

 天板の上から、恨めしそうな声が降ってきた。

「誰だ。お願いだから、助けて――」

「ホッホッホッホ。遅いわ。ホホホ」

「お願いだ――」

 思い切って声を上げて、俺(イチロー)は木の床の上で飛び起きた。バンガローだった。

「ホホホ」はケータイの呼び出し音だった。

 それで、思い出した。俺は八丈島にフェリーできて、キャンプ場のバンガローに黙ってもぐりこんでいたんだった。

 島はおおらか。野菜も無人販売。缶からが置いてあるだけだ。

 バンガローも鍵がなく、缶からがおいてあるだけ。出るときに金を入れればよいということだろう。

「ああ、死ぬかと思った」

 やっと息を吹き返して、ケータイを手に取った。

 俺(イチロー)は、ようやく夢から現実に引き戻られてくれたケータイに出た。

 

    2

 

イチローだよなあ」

 向こうからはぶしつけな呼びかけの声がした。

 朝、まだ早い。十月の八丈島はまだ蒸し暑い。その中に低い声が響く。

「だけど、そっちは?」

「忘れたとは言わせないぜ。ひとで。ひとでの兄だ」

「嘘。どうやって、俺の番号を?」

「妹から聞かされていた。くりかえし言うが、お前に殺された妹からだ」

 俺(イチロー)はウッと、低くうめいて、言葉に詰まった。

「どうして、それを? 解体屋しか知らないはずだ」

 低く、自分にしか聞こえないような声で、言葉を押し出すと、向こうは、すらすらと答えてきた。

「実は、昨日、夕方、妹がイチローに会いに行くと言って出た。十一時になっても帰ってこないので、妹のスマホGPSをたどって行ったら、古い倉庫で、妹は解体されていた。妹は美人で、心配だから、GPSを入れているから、すぐに解った。だが、残念なことにすでに解体されていたから、どうしようもなかった。殺したのはお前だろう。つうか、何故殺したんだ。おまけに、解体屋まで頼んだんだ?」

 相手の声は、思った以上に落ち着いている。怒りたい気持ちを必死に抑えているのだろう、少し震えが入るが、それにしても冷静だ。不気味だ。

「待ってくれ。これにはわけがあるんだ」

「どんな?」

「だから、俺の子供を妊娠したんで、産むとか言ってくれちゃったんで、喧嘩したんだ。そしたら、弾みで。ナイフは向こうが持ち出したんだぜ。だから、わざとやったわけじゃないんだ。本当なんだ。信じてくれ」

 必死で言い訳すると、少し間があって、フフフと笑いそうな声がかえってきた。

「まあ、『誰がそんなことを信じるか』と言いたいが、気の短いお前のことだから、信じなくもない。おまけに、妹には性格に難があったのは知っている」

 ひとでの兄は、トーヤという名で、イチローと同じ二十八歳だと、ひとでから聞いていた。だから、お前と呼び捨てにされても、まあ、当然なんだが、一面識もない奴に呼び捨てにされたので、イチローはムカッときた。

「ふん。そうなんだ。あいつの性格に難があったんだ。ひとでも悪い奴なんだ。絶対に子供は嫌だと言っていたのに、勝手に妊娠して、絶対に産むとか言い出して。おまけに、レイプされた映像があるから、それを公表されたくなかったら、一千万出せとか言い出して。絶対のそんなのは、フェイク映像だ」

「まあな。ひとでのやり口は俺も解っていた。俺に対しても同じことをしたから。」

「どういうことだ?」

「だからあ、俺の冷凍精子を勝手に請け出して、人工妊娠して、俺にも、地井と名誉のある立場を脅かされたくなかったら、一千万出せと言いやがった」

「確か、君の家は親が離婚していて、一緒に住んでいないとか」

「そうだ。俺の姓は浜田だ。普通は済んでいる家も違う。こう見えても、俺はIT企業の社長だからな」

「そうか。それなら、俺の気持ちも解るだろう」

「解らない。人工流産させればいいだけのことだ」

「中絶か。俺は勧めたんだぜ。でも拒否されて」

「ふむ。俺の場合は、たまたま回し蹴りがヒットしただけで、問題解決したんだが」

「酷え。俺より酷いえ」

 俺(イチロー)はここぞとばかりに詰った。

 だが、向こうは涼しい声だった。

「俺は、そういう人となりだ。覚えておくが良い」

 俺(イチロー)は背筋が寒くなった。『ひととなり』なんて、難しい言葉をさらりという神経が怖かった。

「ところで」

 向こうが、改まった声を出した。

「何でしょうか?」

 俺(イチロー)は思わず敬語になった。

「中絶を拒否されたからって、ひとでを殺すことはないだろう」

「だから、弾みだって」

 ここぞとばかりに『弾み』に力を入れた。

「そうか。あくまでも弾みで通すなら、それでも良い。こっちにも考えがある」

 今まで以上に冷たい声で答えが返ってきた。

「何だよ。それ、脅かしか?」

 恐る恐る聞き返すと、相変わらずの落ち着いた声が話をつないできた。

「まあ、何とでも言ってくれ。それより、お前は今八丈島だろう。俺も今、フェリーでそっちに向かっている」

 相手が秘密を語るような嬉しそうな口調で囁いてきた。

「どうしてそれを?」 

 俺(イチロー)は心底怖くなった。

「ふむ。刑事たちが大声で話しあっていたんでね。解体された妹の死体、特に頭部と脚のあったXX神社でね」

「こっそり捜査を盗み見ていたのか?」

「ふむ。まあ、そういうことだ。で、それは別にして、これからお前に可愛い妹の復讐にいく」

 相手がドスの聞いた声を押し出した。

「な、何をしようというんだ?」

 俺(イチロー)は恐る恐る聞いた。

「簡単だ。これから、島に上陸したら、何らかの方法で、第三者を殺す。そして、それをお前の犯行にみせかける」

「どうやって?」

「簡単だ。お前の所持品をそばに置く。お前から妹へのプレゼントが沢山あったから。それをもってきた。それらにはたんまりとお前の指紋が付いているに違いない」

「待ってくれ。妹さんのことは、心から謝るよ。だから、これ以上の犯行はしないでくれ」

「ホホホ。だ。俺を普通の人間とみるなよ。復讐は徹底的にやらないと気が済まない性質なんだ」

「そんなあ。これほど、咄嗟にやってしまったことだと言って、謝っているのに」

「ふむ。お前さんは、人を見る目が甘いな。解体屋を選ぶにしても」

「どういうことだ?」

「だから、自己顕示欲の強い解体屋に頼んだのが間違いだったな」

「どういうことだ? バラバラにして海に捨ててくれと頼んだだけなのに。あ、そういえば、さっき、頭と脚の捨てられたXX神社と言ったな。どういう意味だ?」

「そのままの意味だ。心臓がルーレットの賭博場の廃ビル。頭と脚二本がXX神社の賽銭箱の中」

「そんな、馬鹿な。それじゃあ、発見してくれと言っているようなもんじゃないか。廃屋で十時にスマホを起動してくれとは言ったが。でも、それは、アリバイ工作。まさか、バラバラにした胴体をそんな賽銭箱に入れるなんて?」

「そうさ。馬鹿なほど解体屋は自己顕示欲の強い奴なんだ。それによって、お前さんが犯人として捕まるのが早まろうと、知ったこっちゃない。解体屋の宣伝にもなる」

「クソウ」

「そういうことだから。これから恐怖の復讐が始まる。怖がらせて、最後は、お前も殺すかな。首を洗って待ってろ」

 電話は切れた。

 最後の、『首を洗って待ってろ』なんて、聞きなれない言葉が、妙に怖かった。まだ蒸し暑いのに、背中に冷たい汗がツツツと流れた。

 

 フェリーの中。十係。

 八女島へ向かうフェリーの中。十係は個室にいた。

 参加者は、ミコを抱えてミヤビ、AI警察犬ハル、AI科捜研のジュン。今回は、ジュン2と本チャンの科捜研は参加していない。理由は簡単、八丈島に死体がないから。ジュンもハルも最初は、丸餅警部は、貸すのを渋っていたが、ミコがごねて同行させるのを認めた。

 というのは、三鷹の捜査が大幅に手間取っていたからだ。丸餅警部も、そっちに手を取られて、もし事件が起こったら、後から駆けつけると言っていた。

 若林警部補も、捜査に手間取って、送れるとのことだった。ミヤビは、少し、うっとうしいのが遅れるのぼっとしていた。顔には出さないが。カスが警部補も三鷹に捜査に専従していた。

 ミコは八丈島の巡査の沢村に電話した。

 相手がでると、直ぐに、イチローの犯した罪を掻い摘んで話、「イチローを確保してほしいんだよ」とつたえた。

 イチローの外見は、彼の近所の住民などから聞き出していた。イチローの住所は、ひとでとのLINEの会話にヒントがあった。内の近くのドトールで会おうとか。その内容から、住所を割り出し、近所の住民に聞き込みをして、外見や職業を聞き出した。

「まずは、二十八で、映像会社の社長だとか。ネットにアニメを上げる会社。『うっせーわ』で有名になった、あの業界の会社。外見は、マイケル・クラインが好きだから、上下はマイケル・クラインだろう。痩せていて、眼鏡をかけている。髪は金髪に近い茶色。気が短いらしいから、気を付けろ」

「了解しました。潜伏場所は住民に聞いて、割り出します」

 沢村巡査は、女。二十八だが、声は弱弱しい。

「それから、キャンプ場とか、隠れ家を探してみます」

「お願い。そっちの島々を管轄する警部補もおっつけ行くだろうし」

「了解」

       7

 

 

 俺(イチロー)はひとでの兄の浜田のことを思い出していた。

 浜田の外見は知っていた。ひとでのスマホの待ち受けにあったから。一緒に仲良く映っていた。ロイド眼鏡だが、眼鏡の奥の眼が笑っていない。口元は笑っているのに。

 顔の印象は、細面で、体も兎に角細い(胸までしか映っていなかったが)。漆黒の髪で、長い。肩まである。高そうなブランドの革ジャンの袖を切っている。最近の高級ブランドの流行だ。

 俺(イチロー)は、手が疲れたので、草の上にスマホを置いた。

 妹がフェイク映像を作って、冷凍精子で妊娠して、一千万を要求するのも普通じゃないが、それを、回し蹴りで人工流産させる兄貴も普通じゃない。

 今回、どんな手を使ってくるだろうか。考えたくない。

 とりあえずは逃げなくては。

 向こうが、誰かをどうにかして殺して、その横に自分の持ち物を置いたとしても、その時、自分が島の誰かに会っていれば、自分にアリバイはできる。

 まだ敵はフェリーの中。今のうちに港から一番遠くに逃げねば。それよりも腹が減った。

 幸い、直売所には農産物や魚介がたわわに置かれている。まあ、火を通さないで食べられる物と言ったら、果物くらいだが、我慢しよう。只でいただくのだから。

 俺(イチロー)はよいしょと立ち上がった。

 

        9

 

 

 俺(イチロー)は廃屋の空き家に潜り込んでいた。隣の部屋の声に耳を澄ましていた。

 この廃屋は、島を彷徨っていて、偶然見つけた物だ。ガスも水道も電気も通っていない。周囲は板が張り付けられていて、所々隙間風が入ってくる。床は板敷だが、埃だらけ。

 今はまだ十月で風は生暖かいが、夜になったら、気温が下がるだろう。その時は、藁で編んだむしろがあったので、それでしのぐしかない。

 小さい頃、三鷹へ両親が移住してくる前、埼玉の深谷市、血洗島に住んでいたのでえ、むしろは知っていた。血洗島は冷えが厳しいので、冬の初めなんぞ、友達とかくれんぼをした時、納屋のむしろで寒さをしのいだもんだ。

 ふと、隣から声が聞こえてきたのはその時だった。村人AとBが入ってきたようだ。

 夕方だった。二人はランプを真ん中に置いて、どっこいしょと上がり框に腰を下ろした。

 板壁の隙間からチロチロとランプの光が垣間見える。

「のう、今度の新しい駐在、会(お)うたらおったまげるぞ」

 村人Aが話し始めた。どこの出身か解らないが、訛りがきつい。

「おったまげるって、どないて?」

村人Bが興味ありそうな声で聞き返した。

「それが、きいて、驚くな。二十八だっちゅうことだが、ガリガリに痩せ衰えて、髪はザンバラで、腰まで長く伸ばしていて、九十のバーさんみたいに、老いさらばえて見えるんだと。おまけに、服は新しい制服を拒否して、ボロボロの終戦直後の闇市で買ったみてえらしい」

「何で、そんな、新しい服を拒否しているんじゃ?」

「好きなんだと。貞子が」

「貞子って、ちっと古いがホラー映画のあの貞子かや? 今でも伝説になっていて、髪振り乱して、テレビから現れるっちゅう、あれか?」

「そうじゃ。駐在は貞子はじめ、ホラー映画が大好きで、わざわざ幽霊みたいな制服を着ているんだと。これがコスチュームプレイだと言っているんだと」

「また、変わったおなごが、駐在になったもんじゃのう」

「まあ、そのぐれえ、変わっていなきゃ、こんな離島の駐在になんか、こねーべ」

「はあ。人で不足じゃからのう」

 二人は、声からすると、老人の男らしい。

「そんでのう、貞子、じゃのうて、沢村っちゅうじゃが、そいつが、周囲に公言してはばからないのは、自分は、流人の末裔で、流人の魂が宿っておるんじゃと」

「へえ。わしらみてえに、よそから流れてきたもんとは違うんじゃ」

「そだよう。でな。その貞子みてえに痩せさらばえた駐在は、これまた、怨霊大好きな、剥げ親父の、新庄警部補と付き合うておるんじゃと」

「ほう。八畳島署の警部補かや」

「まあ、そうじゃ。島部統括なんじゃが、便宜上八畳島署と呼んどる。年五十八の剥げ親父じゃと。で、二人は遠距離恋愛じゃと」

「なるほど。怨霊の末裔の娘と、怨霊大好きな禿親父か。ぴったりじゃのう。破れ鍋に綴じ蓋じゃのう」

「さよう。さよう。ぴったりだべ」

 俺(イチロー)は思わず次のようなシーンを連想した。

 どこまでも続く広い晩秋のさむさむしい荒野。ススキが強風に、倒れそうに揺れている。

 その真ん中に腰まであるザンバラ髪を振り乱して、ボロボロの制服をまとったガリガリの九十のバーさん、いや、あだしヶ原の鬼ばばのような駐在――沢村巡査――がいる。

 少し離れて、もう爺さんに片足をつっこんだような、禿茶瓶のこっちもガリガリに痩せた新庄警部補が相対峙している。二人は恋人なのに、なぜか離れて立っている。

 新庄警部補が手を差し伸べて、叫ぶ。

「おお、懐かしの怨霊、沢村巡査よう。何か月ぶりの逢瀬じゃ――。合いたかったぞな――」

 すると、貞子は、元へ、沢村巡査もよわよわしい声で叫び返す。

「ああ、わが愛しい怨霊マニアよ――。よくぞわが怨霊に会いに来てくれたもうた――」

「ダメだ。考えすぎだ」

 俺(イチロー)は思わず頭を振って、妄想を追い払った。

 ふと耳を澄ますと、隣の村人AとBは立ち去った後のようだった。

「あーあ、それにしても腹が減った。リュックの中に、もっと無人販売の物を盗んでくりゃ良かった」

 呟きながら、耳を澄ますと、風に乗って、細――い声が聞こえてきた。

「そこなおのこ、お主は、イチローか――」

 ふと目を回すと、納屋の脇い貞子――元へ――沢村巡査と思われる痩せさらばえた女巡査が立っていた。冥界のそこから響くような低い声だった。

「そうじゃ。いかにも吾輩は、イチローじゃ――」

 と答えそうになって、思わず口を噤んだ。毒されている。さっきの会話に毒されている。

 頭を強く振って、妄想を追い払い、現実に戻った。

(まずい、逮捕しにきたんだ)

イチローなら、尋常に逮捕されたまえ――」

 貞子が髪を振り乱し、敗れた服も振り乱して、手錠をぶり上げて、走ってきた。

「ヤベー。逃げろ――」

 俺(イチロー)は自分の足に命令して、一心にけもの道を走った。崖の上の道だった。

「待て――。逃げると、祟りが落ちるぞ――」

 貞子は、前よりも一層低い声で、叫んで、走り迫ってきた。

 二十八と聞いていたはずなのに、ジョイナーみたいに(古いが)素早い走り方だった。

「ガッシ」

 暫く逃げたが、走り疲れて、速力が落ちて着た途端に、いきなり後ろから、ガッシと肩を掴まれた。爪が鋼鉄のように、鋭く固い。

「止めろ――」

 俺(イチロー)は、思いっきりリュックを振り回した。

 バシンとリュックが貞子に当って、一瞬、肩を掴んでいる怪力が緩んだ。

 しかし、一瞬後には、冥界の力で力を回復したのか、一層強く肩を掴んできた。

 めりめりと食い込みそうな怪力だった。

「止めろ――。テメー―」

 俺(イチロー)は、必死でリュックを振り回した。バシンバシンと、数回、リュックが貞子を直撃した。

 すると、ギリっと肩の肉がもっていかれる激痛があって、怪力が緩んだ。

「何?」

 怪訝に思って、振り向いてみると、貞子がバランスを失って、崖の上を、コロコロと転がりながら落ち始めていた。 

 長く伸びた爪を、あだしヶ原の鬼ばばのように、九の字に曲げながら、木の枝をバキバキと折って、敗れた制服をさらにボロボロにしながら、崖の下まで落ちて行っていた。

「助かった」

 俺(イチロー)は小さく呟いた。肩の肉を持っていかれた跡が、きつく痛んだが、安堵の方が大きかった。

 俺(イチロー)は恐る恐る崖の下まで降りてみた。

 坂道で、枝につかまって、やっとこさ降りた。

 貞子は、髪を振り乱して、顔中髪にして、倒れていたが、幸い息はしていなかった。

「良かった」

 俺(イチロー)は大きな息を吐くと、大急ぎで、枯れ葉を貞子の上にかぶせ、急いでそこを走り去った。肩が痛んで、血が出たが、ハンカチで抑えるくらいしかできなかった。

    8

 

 十係。

 十係と八丈島諸島の所轄の警部補XXは林の中を歩いていた。ハルが駐在所で、沢村巡査の服の匂いを嗅いで、この近くまで案内してきていた。だが、崖の上で匂いが途絶えていた。

 八丈島署の警部補の説明。

                          

「おかしいですねえ。GPSではこの辺にいるはずなんですけどねえ」

 八丈島署の警部補が、がけ下の木の葉のうずたかく積まれている地点を掘り返した。

「あ、いました。沢村巡査です。頭や他の部分からも、すごい出血です。息もしていませんねえ。脈もありません。これは死んでいます。」

「大変だ。死んでいても良いから、とりあえず応急措置を」

 ミコが叫んだ。死んでいても応急措置、とは、何か考えがあるらしい、だが言わない。

 なので、ミヤビは、応急措置をした。頭と腕の出血地点に包帯を巻いた。

「ダメだよ。これくらいじゃあ、息は吹き消さないよ。一応人工呼吸もしてみるっけど」

 ミヤビは、がけ下の足場の悪い地点で、暫く人工呼吸をした。

「ダメだ。息を吹き返さない」

 そこへAI科捜研のジュンが口を出した。

『今回、検視官がいないので、僕が死亡推定時刻などを出します』

 ジュンは沢村にかがみこんだ。

「死亡推定時刻は、ちょっと前。今が昼の一時だから、その時間で間違いないけど、出血が少ないねえ。。まるで生活反応がないみたいだ。言い換えれば、死後突き落とされたみたいだ」

「どういうことだ?」

「僕はAI科捜研で、リニューアルして血液検査もできるようになったから、血液検査を徹底的に行ってみる」

「おう。お願いするぜ」

 ミコがミヤビの腕の中で、男のような声をだした。

「お、新発見だ。なんと、テトロドトキシンが発見されたぜ」

 ジュンが叫んだ。

「ふぐ毒か?」

「だねえ。何時間前に注射されたか解らない。つまり半分死んで、突き落とされて」

 そこまで言いかけた時、ミコが鋭い言葉をかけた。

「言葉に気を付けろ。突き落とした犯人が聞いているかもしれないぞ。もし、半分死んでいたなんて、聞いたら、犯人は、自分の仕業ではないと思うぞ」

「あ、はい。そうでした」

 ジュンが目の所の窓枠に、OK無口と出した。

「血液検査のついでに、血液型も調べてくれ。確か、さっき、死体の所に近寄った時、犯人と争って、微物が被害者の爪の間に挟まっていると言ったが」

「おおそうです。爪の間の微物検査もしました。多分犯人の肉片です。そっちはB型です。沢村巡査もB型です」

「どういうことだ。沢村巡査はイチローを確保に来ていたんだ。ならば、沢村巡査と戦ったのは、イチローということになる。で、皿村巡査はB型。イチロー三鷹の捜査の際に、A型と判明している」

「あのう、それについて」

 AI科捜研のジュンが口をだしかけた。

 それを遮ってミコが言った。

「待て待て。任一郎に聞いてみる」

 早速ミコは任一郎に電話した(電話機能はついている)。あらまししを話した。ついでにリモートで鬼貫少年ともつながっている。

 すると、すぐに任一郎から返事が帰ってきた。

「それは、キメラ血液だよ。腎臓移植すると、たまにそういうことが起こるだ」

「そういうことだそうだ」

 ミコはジュンに向かって告げた。

「だから、そう言おうとしたんですよ。どうも、ミコ警部補は、自分も機械でありながら、他の機械をしたい見る傾向がありますね。良くないですよ」

 ジュンが非難がましい声で抗議した。

「さよか。解った。今後気を付ける。それで、それ以上に、何か言いたいことはないか?」

「ありません。そこまでです」

 ジュンが、他に何があるのか、といたげな声で聞いた。

「そういうことだ。任一郎、もう、他に何か言うことはないか?」

 ミコはジュンを無視して、任一郎に語りかけた。こういうところ、十四歳の設定なので、人の気を推し量る機能はないようだ。もっともジュンも人間ではないが。

 任一郎がおもむろに口を開いた。

「腎臓移植しているってことは、どこかにドナーがいるってことだねえ」

「何が言いたい?」

 ミコがいらいらした声を上げた。

 その時、リモートで参加していた鬼貫少年が口を挟んだ。

「三千冊のミステリーを読んでいると、色んな本があってね。中山七里の中に、こんなのがある。ネタバレになるから、タイトルは言わないけどね。腎臓や眼球や、心臓を移植された人が、次々に殺されるっていう事件がある。で、よーく調べたら、同じ人の臓器を移植していた。で、それらの、レシピエント、つまり移植された人たちが、大酒を飲むとか、ギャンブルにはまるとか、自堕落な生活をしていた」

「解った。それ以上言うな」

 ミコが最後を引き取った。ミコは最後に自分の意見を言う癖がある。

「つまり、どこかに、イチローに腎臓をくれたドナーがいる。そいつがイチローを尾行した。普通は、病院は秘密にするけど、何とかしてそのドナーはレシピエントを発見して、尾行していた。そして、殺人を嗅ぎ付けた。殺人をするような人だから、気が短い。前にも色んな傷害事件を起こしていたとか」

 その時、少年が口を挟んだ。

「でも、今回、警察はマスコミ発表していません。そのドナーだって、、ピンポイントで殺害現場をみつけることはできませんよ」

 すると、ミコが自信を持って言った。

「それはそれ。警察官の中にいたとか。あの三鷹の現場にいたか、あるいは、三鷹の現場の見学者の中にいたとか。」

「解ったいずれにしても、イチローは殺した女の兄からも脅迫を受けていた。殺すとまではいかないが、それ以上の苦しみを与えると。つまり冤罪の加害者にすると」

 所轄のXX警部補が口を挟んで、続けた。

「つまりだ。イチローは被害者の兄と、ドナーの二人から命を狙われているわけだ」

「そうだ。ということで、いずれにしても、二人のスーパーバイザーにはありがとう。少年には、また協力をお願いするかもしれないけど」

 ミコがタブレットの中で片手を上げた。

「いつでもどうぞ」

 リモートの向こうから、二人が挨拶を返してよこした。

 

 

 

 

 

 

 

(この後、猪島のシーンに続く)