「AIミコと十係。解体屋」第四章

 

     1

 

 同日。三宅島。昼過ぎ。

 俺(イチロー)は三宅島で超美人の女に声をかけられた。

「実験しませんか❓ 一回、十万さしあげます」

「する。金は欲しい。でも痛くない?」

「全然痛くないです。可愛いものです。ちょっと皮膚感を試すだけ」

俺はちょっと不安は感じたが、十万には勝てなかった。

{OK}

 白いモルタルの建物の、実験室みたいな部屋に連れていかれた。外側からちょっと見には、こじゃれた別荘のような感じだった。建物は河川敷にあった。

 ヘルメット――コードが沢山ついている――とか、他にもわけの判らない危機が沢山置いてあった。

 椅子に座らされて、ヘルメットをかぶせられた。

 良く、映画で、脳波の実験なんかする時に使う、頭に端子が沢山ついた奴だ。

 ちょっと嫌な気がした。

「あのう、ちょっと待ってもらえますか?」

 抗議はしようとした。

 しかし、その時はすでに椅子にがちがちに縛り付けられて注射をされてしまった。

 その注射も人のOKなどなく、「ちょっとチクっとしますよ。気持ちよくなる注射ですから」と、看護師が微笑みながら、何の躊躇もなく、流れるようにスムーズにしてしまった。

 すると、急に舌が動かなくなった。

 目がトローンとして、良い気持ちになてきた。

 目の前に大きなモニターみたいな物がもってこられた。

(ははあ。ここに何か写されるのだな)

 そう思っていると、違った。

 モニターの前に、幽霊のような、存在感のない長い髪――腰までもある――の女がふわ~~と現れた。

 女は、超細く、ボロボロの警察官の制服を着て、長い髪が顔を隠していた。

 超細い女が長い髪をかき分けた。

 すると、貞子、いや、駐在だった。さっきの超美人の女は、駐在の変装だったようだ。

「ななななな、何だ、お前が? 死んだはずじゃあ」

 俺は心で叫んだ。声は出なかった。

「それは、幽霊になって、よみがえったから」

 駐在の女が、唇を動かさないで、囁いた。風もれるような、喉から声が漏れるようなか細い声だった。

「嘘だ!」

 俺は又心で叫んだ。

「ホホホ。信じようが、信じまいが。本当なのよう~~」

 女は嬉しそうに、細く、カサカサになって蝋のような色の指を上げた。死んで蝋のようになっているからなのか。

 幽

「霊のような滑らかな動きだった。

「瞼を開けて、固定します」

 女の声と一緒に、上下の瞼をビュルッと引っ張って開けられた。

 結構古い映画「時計仕掛けのオレンジ」の中に出てくるような感じだった。

「指を入れます」

 指がするすると、眼窩と眼球の間に入ってきた。ガサガサして荒れて、同時に妙だが、ロウなような指だった。

「嘘だ――。止めろ――」

 俺は叫んだが声が出なかった。

 指は二本、三本と入って、すぐに五本、全部入った。

 皮膚がひび割れ、ガサガサと音がしそうな感触。痛い。ひっかかれるように痛い。

「ちょっとぬるぬるしますねえ」

 五本の指は、ぬるぬると、眼窩と眼球の間を彷徨った。

「止めてくれ――」

 声にならない。

 激痛に近い痛みが広がった。

(なぜ、指がそこに入るんだ)

 心の底のどこかで思っていた。

「それは、私が幽霊だから」

 俺の思いを察したのか、細い声が答えた。

 妙に納得させる力があった。

「ああ、ここに癌が」

 指が、何か揖保のような物をつまんだ。

「これは引っ張って取りましょう

 ギュウーーっと、揖保が引っ張られて、眼球の外まで伸びた・。

 激痛が走った。

「止めろ――」

 声にならない。

 ぎゅるぎゅると極限まで引っ張られたいぼは、プッツン。爪でつままれて、切れて取れた。

 ピッチョーーンというような音を立てて、眼球の外側の幕――網膜だろうか?――が元に戻った。

 生暖かい血が出る感触が走った。

「助けてくれ――」

「まだまだ手術はおわりませんよ――」

 五本の指が、また、ぬるぬるとぬめる眼球をまさぐった。

「これが視神経の束」

 指が視神経の束をひっぱった。

「助けてくれ――」

「これは、生かしておきましょう」

 指が視神経の束をもてあそんで、やがて離した。

(助かった)

 そう思う間もなく、五本の指は次の標的を探した。

「そして、水晶体と眼球だけを、握りつぶしてしまいましょうね。ホホホ」

 抑揚のないくせに、嬉しそうな声が喋った。

 女は高らかに笑って、眼球をギューーーーーット掴んだ。力任せに渾身の力をかけていると言って良かった。

 眼球がギュルギュルと音を立てて、五本の指で徐々に圧縮されていった。

 またまたまたまた激痛が走った。

「おいしそうな触覚だわ。にゅるにゅる、ぎゅるぎゅる」

 女は眼球を弄んだ。

 にゅるにゅる、ぎゅるぎゅる。にゅるにゅる、ぎゅるぎゅる。にゅるにゅるぎゅるぎゅる

にゅるにゅる、ぎゅるぎゅる。にゅるにゅる、ぎゅるぎゅる。にゅるにゅるぎゅるぎゅる

にゅるにゅる、ぎゅるぎゅる。にゅるにゅる、ぎゅるぎゅる。にゅるにゅるぎゅるぎゅる

にゅるにゅる、ぎゅるぎゅる。にゅるにゅる、ぎゅるぎゅる。にゅるにゅるぎゅるぎゅる

にゅるにゅる、ぎゅるぎゅる。にゅるにゅる、ぎゅるぎゅる。にゅるにゅるぎゅるぎゅる

にゅるにゅる、ぎゅるぎゅる。にゅるにゅる、ぎゅるぎゅる。にゅるにゅるぎゅるぎゅる

にゅるにゅる、ぎゅるぎゅる。にゅるにゅる、ぎゅるぎゅる。にゅるにゅるぎゅるぎゅる

にゅるにゅる、ぎゅるぎゅる。にゅるにゅる、ぎゅるぎゅる。にゅるにゅるぎゅるぎゅる

 いつ果てるとも知れぬ遊びをいつまでもいつまでも続けていた。

 俺はもう息も絶え絶えになって、叫ぶ声も出なかった。

「じゃあ、行くわよ――」

 女はさっきより強い力で、力まかせに、眼球を握りつぶした。

 ぎょろぎょろというような音を立てて、眼球がたわんで、たわんで、最後に、びちゃっという、蛙を踏みつぶしたような音を立てて、五本の指の形につぶれた。

 水晶体が飛び散った。

 たとえようのない激痛が走った。

「助けて……」

 俺は気を失った。

 

 暫くして、頬を強くたたかれて、気が付いた。

 まだ片目が火がついたように熱かった。

「どう? 軽い実験だったでしょう?」

 目の前に鏡が出された。

 片目はつぶれていなかった。

視床下部への刺激と、映像をリンクした実験なの。ありがとう。十万受け取って帰って」

「待ってくれ」

 俺は息も絶え絶えに声を出した。

「何?」

 貞子が振り返った。

「たしか、あんたは、死んだはずじゃあ」

「ああ、そのこと? あれは、ちょっとした冗談。この世には解毒剤というものがあるの。テトロのバヤイは、四時間以内に解毒剤を打てば大丈夫」

 糞。そうだったのか。それにしても、テトロドトキシンをテトロだなんて、テトリスみたいに言うな。馬鹿野郎。

 女が部屋から姿を消すと、すでに暗くなった窓の外から、「祟りじゃ――」の声が響いてきていた。その声が眼球にガンガンと響いた。 

 

     2

 

 同日。夕方四時。三宅島。

「大変じゃあ。大変じゃあ。くわばら、くわばら。駐在が殺されおったわい。何ちゅう世の中じゃ。ああ、嘆かわしや。世も末じゃあ!」

 新庄警部補が、泣きながら、捜査本部に駆け込んできた。

 今回、捜査陣は、三宅島の公民館に、捜査本部をかねて、寝泊りしていた。

 昨晩、寝ずに、どんなトリックを使って、イチローがアリバイを作り上げたかを、推理していたので、船の中、ここの公民館に来てからも、すぐには寝付かれなかった。なので、寝たのは朝方で、昼に起きて、おにぎりの朝食を食べていたところだった。

 新庄警部補は、ガラリと入口の戸を開いた。

 新庄警部補は、五十がらまりの小太りのお腹の出た、禿の冴えない刑事だった。服もよれよれ。靴も履きつぶしている。

 気配から察すると、その靴を蹴散らして、大きく息をつきながら、公民館に入ってきたようだった。

 ミヤビはミコを抱えて、首を伸ばして、新庄警部補を見た。

 どうやら、新庄警部補が、一番早く事件現場を発見したのは、駐在が三宅に行くと言って、先にこっちにきて、行方が解らなくなったようで。それで、ここに到着して、仮眠をすると、一人で探していたからであったようだ。

 新庄警部補は、川の東側の岸の上に建つ、何かの実験施設の傍で、管理人に、死人がいることを伝えられたとか。

 管理人は、夕方の点検で、四時少し前に来て、事件を発見したとか。

「駐在が、実験施設の机の上で、右目と右の脳を破壊されて、死んでおったんじゃ」

 新庄警部補が大きく息を吸って、続けた。

「大量の血と、脳漿が吹っ飛んでおって、そこらじゅうに飛び散って、そりゃあ悲惨な状況じゃ」

 新庄警部補は、息せききって、告げた。

 それで、まずは、AIロボット犬のハルと、AI科捜研のジュンが現場へ向かった。

 人間の鑑識は今回来ていなかったので。メカニックが一緒である。

 十係も一緒に行った。だが、傍で、鑑識作業が終わるまで見守るしかなかった。

 こちらに来て、合流した若林警部補と丸餅警部も同じだった。

 現場の実験施設は、別荘と言った方が良い建物だった。

 中は、八畳ほどの部屋が一つ。簡単なキッチンとトイレが付いていた。

 ドアと窓が開いていたので、ミヤビたちは、午後の陽ざしの中、ドアから覗いてみた。

 そばにいた管理人が言うには、火山性ガスの脳波への影響を調べるための施設だとか。

 中には、パソコンと、そこからつながった、PET(脳波を調べる機械)や、電極の一杯ついたヘルメット、実験の結果をプリントアウトするプリンターや、脳波を記録した大量の紙があった。

 駐在は、開いた窓の傍の大きな机の上で死んでいた。

 右目と右の脳が破裂して、新庄警部補の言うとおり、脳漿と血と眼球の中身が散らばって、酷い惨劇の状態だった。髪の毛の着いた頭皮とか。まつ毛の着いた瞼とか。灰色の脳の断片とか。まあ、色々。

 中で、ジュンが、微物検査、ハルが遺留の匂いを調べていた。

 検視官は来ていなかったので、新庄が、代わりとなって、直腸温度や筋肉の硬直具合を調べて、死亡推定時刻を出した。それによると、死亡推定時刻は、二時から三時の間であった。

 ジュンが微物検査をして言った。

「皮膚が焦げている。ラッブ(端が焦げている)の破片がある。机の上に、塩化ナトリウム、つまり塩がある。水に溶けている。以上」

 鑑識は、八丈島の捜査に残してきてしまったので、次はハルが匂いを嗅いだ結果を告げた。

イチローの匂いがあり、対岸へ向かっている。今ジュンが検査をしている間にちょっと時間があったので、川の浅瀬をたどって、対岸まで行ってみたが、イチローの匂いは、対岸まで続いている」

 ヒトデの兄の物も八丈島に、ヘリで届いたので、もってきて、ハルに嗅がせたが、ここには、兄の匂いはないとのことだった。

「やったのは、イチローか?」

 ミコが呟いた、

「またしても、だ、ぞな」

 ミヤビは答えた。

イチローに電話してみろ」

 丸餅警部がミヤビに言った。

 ミヤビは早速電話してみた。

 イチローはすぐ出た。

「はーい。お久しぶりだね。そうでもないか。で、事件?」

 ふざけた調子だった。

「今日の二時から三時の間、どこにいたぞな」

 単刀直入にミヤビが問うと、薄ら笑いと共に、答えが返ってきた。

「君らのいる河原の対岸で、ヒッチハイカーとずっと飲んでいたよ」

「代わってくれ。そのハイカーと」

 ミコが口を挟んだ。

 ミヤビが代わったハイカーに、伝えた。そして、今日の二時から三時、イチローが席を外さなかったか、と聞いた。

「トイレの二、三分だけだよ。それ以外は、ずーっと一緒にいたよ」

 対岸で、ハイカーが答えた。二人は、対岸の岸の傍まできて、立ち上がり、手を振りながら、大声を出している。

「ズーーっと一緒にいたんだよ――」

 川は、八丈島の時とは違って、浅瀬で、川幅は二十メートルくらいあって、渡れば渡れないことはない。だが、浅瀬の石を伝わってだから、片道五分はかかるだろう。とても二、三分で往復はできない。

「返して」とスマホから声がした。

 イチロースマホを返してもらったようだ。 

「今日の午後は、ずっと、こっちの岸にいたけど、その前、昼頃かなあ、駐在に変な実験をされて、右目が超痛いんだけど。でも、やったのは、俺じゃないよ。君らがそこにいるってことは、どうせ事件だろうが、何かあったの?」

 のほほんとした声がかえってきた。

「駐在が右目と右の脳を破壊されたんだ。それも二時から三時の間に」

 とミコが怒鳴った。

「へえ。もしかして、破裂? ここからじゃ遠くて、良く見えないけど。でも、俺じゃないよ。二十メートルも腕が伸びて、被害者の右目を破壊できないもの」

 イチローがせせら笑った。

「クソウ。ほざけ。つうか、待っていろ。今に逮捕してやるから」

 丸餅警部が叫んだ。

「御免だね。犯人は俺じゃないのに、逮捕されるなんて、無理。アリバイもあるのに、逮捕どころじゃないよ。じゃあ、さいなら」

 対岸から、イチローの姿が消えた。

「クソウ。あの野郎。ハルのトレースじゃあ、あの野郎に間違いないのに」

 丸餅警部が、悔しがって、地団太を踏んだ。

 ミヤビも同じ気持ちだった。

「右目を傷めつけられたと言っておった。よって、動機は十分にあるぞ。ギャーテー」

 若林警部補が腕を組んで、考え込んだ。

「いずれにしても、八丈島から鑑識を呼んで、指紋、ゲソ懇などを調べるぞな」

 ミヤビが提案した。

「だよな」

 ミコが同意した。全員が頷いた。

 その時、新庄警部補が、「痒い痒い、くわばら」と、騒ぎ出した。

 すると、全員がほぼ時を同じくして、痒い痒いと肩を掻き出した。

「おっと、この周りには、漆の木が沢山あるぞ、ギャーテー」

 若林警部補が、錫杖で指した。

「そうか。かぶれたのだ、ぞな」

 ミヤビも周囲に目をやった。確かに、漆の木がある。

「漆のかぶれは、沢蟹を潰して塗るとよいぞ。ギャーテー」

 若林警部補が意外な知識をひろうした。

「そうか。じゃあ、後でやるぞな」

 ミヤビは頷いた。

「ただし、臭いけどな。お勧めせんぞ。ギャーテー」

 若林警部補が経験を披露した。

 体を持たないミコは?と思って、ミヤビはタブレットを見た。

 ミコは、通信機能がついているので、十係本部に電話して、ジュン二号をヘリで三宅島まで送ってくれるように、頼んでいた。レントゲン機能の付いた奴だ。

「どうして?」

 ミヤビが聞くと、ミコは、フフフと軽く笑っただけだった。

 

   幕間。

 

 第二の現場の捜査をジュンとハルに任せた。徹底的に現場写真を撮るように、遺体の様子も。で、遺体は、捜査本部に運んでもらって、ミコがミヤビに若林警部補を呼ばせた。

 丸餅警部と新庄警部補が、イチローを探しに、島へ散らばっている隙にである。

 公園に若林警部補はやってきた。なぜかハルが一緒である。ハルは、匂いは嗅ぎつくしたと言って、ついてきた。

「お前の企みは知っているぞ。ハルに捜査現場を撮影させて、どこかに売る気だろう」

 ミコは単刀直入に切り出した。

「まあな。ギャーテー」

 若林警部補は、われ関せずという顔で答えた。

「でも、捜査の現場だけじゃあ、映像的に言って、地味だぞ」

 ミコがクレームをつける口調で言った。

「まあね。そこは、そこそこの魂胆がある。ギャーテー」

 そういって、若林警部補は、いきなり、空を仰いで、「光を」と叫んだ。

 すると、高い木の頂きの上あたりから、稲妻が走り降りてきて、若林警部補のすぐそばの土の上に落ちた。

「どうやったんだ?」

 驚いてミコがため息交じりに聞いた。

「へええ。まあまあ。ギャーテイ」

 若林警部補が、秘密めいた笑いを残して、去って行った。ハルも一緒である。

「しかし、これは売れる映像だぞ。だが、他は地味だ」

 後姿をみながら、呟いた。

「ぞな」

 ミヤビも同意した。

 

    3

 

 

十係。

ミコとミヤビは公民館の捜査本部に来ていた。

「さる筋に謎を解明されてしまったようなので、急いで謎解きをするぞ」

 ミコが潜めた声でミヤビに言った。

「ぞな」

「まず、第一の事件と、第二の事件、どっちが謎解きしやすいか」

「そうぞな。第二の事件なら、なんとなく解る」

「じゃあ、謎解きしてみれくれ」

「ぞな。第二の事件の現場には、塩化ナトリウム、つまり塩があった。液体の状態だったが。塩素は塩辛いから涙に含まれている。つうことは、ナトリウムが外部から持ち込まれたぞな」

「うん」

「では、ナトリウムはどうやって、持ち込まれたか。あれは、水に触れると大爆発起こす物体だ。それなら、前からラップにくるんで持ち込まれたのだろう。小指の先ほどでも、大爆発起こす。ならば、今回は、小指の先ほどのナトリウムを、ラップにくるんで、水筒にでも入れて、もってきたのだろう」

「なるほど。確かに遺留物にラップのかけらがあった」

「で、そのラップにくるんだナトリウムを、一旦去りかけた駐在を呼び戻して、殴って失神させて、瞼の裏側に仕込む。そして、そのラップを何かの凶器で焼いてやればいい。それは多分」

「それは多分?」

「レーザー光線銃。それも改造された奴だぞな。これなら、皮膚が焼けていたという現象にも合致する。崖の向こうから、皮膚の上を何回か照射してやればいい」

「ふむ。合致する。それなら、二十メートル向こうの崖の上にいたイチローでも、殺害は可能だ。それに、二、三分席を外しただけでも可能だ。つまりイチローはナトリウムとレーザー光線銃を持っていたことになる。刑事の調べでは、科学工場にいたこともあるということだから、充分に手に入る」

「これで、二つ目の照明は済んだ。イチローが間違いなく犯人だ。崖の向こうにいたのだから」

「ぞな。でも、第一の殺人が」

「それは、僕が謎を解こう」

「まかせるぞな」

「死体を縛った縄の先が十本に別れていたという報告があった」

「ぞな」

「それは、つまり、体重を十分の一に分散させるためじゃ」

「鋭い。ぞな」

「つまり、被害者の体重は、四十キロだから、十分の一。一本の縄には四キロの体重しかかからない。ティカップ・プードル一匹分くらいだ。これなら、一本一本の縄をドライアイスでくっつけることも可能だ」

「ぞな」

「で、イチローが犯人と仮定して、彼は、十本の縄の先を川に渡した滑車に括り付けた。いや、その前に説明が必要だ」

「ほう。滑車とな。説明を聞くぞな」

「そうだ。まず、イチローは、ドローンを使って、細く丈夫な糸を対岸の木に回して、縛りつけた。ドローンは羽が現場に落ちていたから、彼が持っていたのだろう」

「なるほど。対岸の木を一周するように回して糸を括り付けたわけだぞな」

「そうだ。そして、その糸の後ろに縄を縛りつける。これももっていたのだろう。で、縄を縛り終えたら、さっきの滑車を十個上に乗せる。滑車から枠が降りて、下に縄を結び付けられるようになっている奴だ」

「ふむ。その枠の先に縄を縛りつけたわけだ、ぞな」

「そうだ。そして、十本の縄を途中で切って、十個のドライアイスで固定する。これなら、目的の場所で遺体を下に落とすことは可能だ。少し待てばいいのだから」

「ぞな。で、遺体を滑車ですべらせて、目的の場所で落としたんだな、ぞな」

「そうだ。そして、滑車の回収だが、回収しなくても良い」

「どういうことだ、ぞな」

「対岸の木から、斜めに下にひっぱって、遺体の紐が切れた滑車を川の中ほどまで滑り下ろす」

「そうか。川の中に滑車と縄を落とす寸法だ、ぞな」

「そうだ。でも、滑車はそのまま落としても、縄は、回収したんだろうな。対岸から渡された縄があったら、絶対に、それを使ったんだろうと、思われる」

「ぞな」

「これで、第一の謎も解けた。やったのはイチローだ。対岸にいたのだから」

「ぞな」

「それにしても、イチローは、警部たちが相当に詳しく島を調べても、いないという情報が入っている。もうすでに、どこぞのモーターボートを盗んで、別の縞に逃げた、と考えられるな」

「ぞな。行きそうな島を当たるぞな」