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「AIミコと第十係、解体屋」第五章
1
所轄の王警部補が、ミコとミヤビの電話を受けていた。
「イチローという連続殺人鬼がこの近くに来ると言うんですね」
王警部補が聞いた。王警部補は五十がらまり。筋肉質のがっちりした体をしている。だが、てっぺん禿だ。
「ええ。さる筋から、そっち方面に行くんじゃないか、という情報が入ったんですが」
ミヤビが答えてきた。ミコと話す時以外は、「ぞな」病はでない。
「解りました。三浦半島は広いです。重点的に警邏しましょう。して、何か手がかりはありませんかね」
「そうですねえ。三鷹署のカスガ警部補がイチローの周辺の自分物から聞き込みをしたんですが、それからすると、どうもミステリー、特に暗号系の物が好きとか。怪奇好きでもあるようです」
「怪奇系というと、ディクスン・カーのバンコランの活躍するような」
「古い物に詳しいですねえ。そうです。『蝋人形館』なんかが出てくるような奴です」
「そうですか。半島の付け根には、蝋人形館もありますので、当たってみます」
「お願いします。そこで、同じ趣味の奴と落ち合って殺す可能性があります。あくまでも可能性ですが。今までは催眠術をかけられて、痛い思いをした、その仕返しですが、今度はシリアルキラーになったような、ことを言っていましたので。自分が殺される前に、自分から積極的に殺してやると。おっと、イチローを殺そうとしている奴が二人ほどいますので」
「なるほど。今のお話からすると、その連続殺人犯とお話になったのですか? なぜ、その時逮捕しなかったのですか?」
「ああ。逃げられたのです。二十メートルほど離れた川の対岸にいまして、素早く逃げられました。兎に角逃げ足の速い奴で。一か所にとどまらず、一つ殺人を犯すと、すぐにモーターボートを盗んで別の場所に逃げるんで」
「なるほど。解りました。注意して警邏します」
そこで、電話は切れた。
2
寂れた旅館。おそらく廃業している。周りには木が生い茂り、昔庭だった所は、雑草だらけだ。中に入った。
明かりは割れた窓から差し込む月明かりだけ。
窓はほとんどが割れている。不気味な夜だ。
遠くでパトカーのサイレンの音がしている。
蝋人形館の方だ。
今夜、警察は忙しそうだ。
俺はさる人間を呼び出していた。
ミステリー、特に暗号系の好きな奴だ。ミステリー比べをしようと提案した。勝ったら百万をあげると。けっこう金に弱い奴だ。
相手は電話ですぐに乗ってきた。
俺は、今夜こそ片をつけるつもりだった。
いつまでも、びくびくして逃げながら、ずるずるとお遊びをやっている暇はない。
「おい。俺だ。いるのか?」
俺は大正風の桟の沢山ある厚手のガラス窓をガタピシ言わせて開いた。
外に面した廊下。窓からでは、中に人がいるかどうかわからない。
そこで、窓の続きのドアに行って、思い切ってドアを開けた。
ギシっという音がした。押して開けるドアだった。
俺は中に入った。
「どこにいる?」
問いかけると、隅の暗がりから声がした。
「ここにいるよ」
シュッツ!
俺はその辺をめがけて、すかさずナイフを投げた。ギシュッと皮をかすった音がした。
「ウ、ク!」
抑えた悲鳴と、血の滴る音がした。森閑としていて、良く響いた。
「復讐だと思ってもらいたい。痛い思いをさせられた。お前も催眠術に関わっているんだろう?」
「ふん。邪推だ。お前ごときに復讐と言えるのか?」
バシュ――!
皿のような物が飛んできた。
ガギュ!
というような音がして、俺の頭にぶつかった。
激痛が走った。
「おやおや。穏やかじゃないねえ。ひとつ、穏やかにいこうじゃないか」
俺は、俺が始めているにも関わらず、折衷案を出した。
「ふむ。お前が先に手を出したんだろう」
低い声が響いた。声が響く度に、風が流れる。そんな静かな空気だった。
「解った。趣向を変えよう」
俺は提案した。
「良――し。それでよい。こっちもそう思っていたところだ。お前、暗号ミステリ-が好きだろう」
「良く知っているなあ」
「それでは、これから、本を一冊やる。それを、暗号通りに解いたら、百万差し上げる。いこうじゃないか」
「ふむ。中々話が解るじゃないか。暗号は得意だ。それでどんな本だ?」
「これだ」
バシュンと埃っぽい床の上に、薄い一冊の文庫本が投げ出された。
月光の中に埃が舞い上がる。
俺は敵に背中を見せないように、すり足で壁に沿って屈み、そっとその本を手に取った。
ディクスン・カーの『三つの鏡』だった。
「ふん。レベルの高い所をみせつけやがって」
「お褒めにあずかってありがとう。早速行く。11-3-5」
敵がすばやく数字を読み上げた。咄嗟には思いつかなかった。
「考える時間はたっぷりある」
敵が声高く叫んだ。
「どういう暗号だ?」
俺は低く呟いて、しばし考えにふけった。
その間わずか、十秒。で、ひらめいた。十一ページ、三行目、五文字目。だが遅かった。
「こういう考えだ――」
空気が横に流れる気配がして、敵が声高く叫ぶと、いきなり、俺の首にざらざらの縄が賭けられた。後ろから。
あ!っと思う間だった。
(俺としたことが。油断だ)
そう思って悔やむ間もなく、縄が上に引っ張られた。
天井の梁にかけてあったみたいだった。
ギシュギシュギシュ。
縄が気味の悪い音を立てて、上にひっぱりあげられた。敵は全体重をかけている。
「己――。卑怯なあ――!」
俺は全身をゆすって、もがいた。縄が大きく揺れた。
そして、しだいに、しだいに、深く首に食い込んだ。
ギュルルンというような鈍い音を立てて、皮が深く食い込んだ。
う、グ!
血流が停まった。
逆流する。
体重で首が引っ張られ江、神経と血管と頸椎の筋がギュイイイイ――ンと伸びて、首が一メートルも伸びたように感じた。
首の中は交通乱走のような状態だった。俺は妄想を見ているのか?
キキキーーっと車が急停車するように血液が停まって、神経が頸椎を避けて、キャキャキャーと、バイクが迷走するような、急ブレーキのような音を立てて、転がっていく。
さしずめ、道路なら、ボールが転がっていく感じだ。椎間板がシュルシュルと横に激しく動いた。
もっと血が大量に頭に逆流した。
プチプチと音を立てて、神経と血管がちぎれていった。
「糞――」
必死の声を絞って、指で縄を剥がそうとしたが、一センチ以上も深く食い込んだ荒縄は、びくともしなかった。
シュルルというような音を立てて、股間が熱くなった。
失禁したのだ。
頭の中が逆流した血で真っ赤になって、二倍にも膨れ上がった気がした。圧が半端ねえ。
「糞――。呪ってやる。俺はしつこいぞ――」
俺は苦悶の掠れ声を出して、意識が途絶えた。
舌がダラーーンと、十センチも伸びたように思えた。
3
「大変です。大変です。三浦の蝋人形館の近くの廃業した旅館で、人が首吊りで殺されました。管理人がうるさいと思って、近くに行ってみると、逃げて行く男を見ました」
王警部補が上ずった声で、ミヤビたちに電話をかけて来た。
ミヤビたちは三浦半島に上陸したばかりだった。
「そうか。しまった。今回も、催眠術にかけられたイチローがしでかした殺しか?」
ミコが叫んだ。
「でも、それにしては、殺しがすばやいというか。今までとは違うような。管理人は、殺しの最中の騒音を聞きつけて、駆け付けたんだろう。もっと詳しく聞いてみろ」
一緒にモーターボートで来た丸餅警部が不信な目で、ミヤビに命令した。
「解りました。もっと詳しく話してください」
ミヤビが問いかけたが、相手の王警部補は、他のことに気を取られているようだった。
「それより、殺しにしては、現場が変なんです」
「どういう風に?」
「今、近くを警邏していたところで、管理人と出会って、聞いたんですが、窓とドアが中からしまっていて、密室です。窓から懐中電灯で覗いただけなんですが。確かに密室です」
王警部補が叫んだ。
「何と。早速臨場だ」
ミヤビの持つスマホにミコが叫んだ。
三浦まで船で来ていた十係と丸餅警部と、若林警部補は、王警部補の教えてくれた現場まで走った。
4
廃旅館。旅館は船で上陸した港のすぐ近くだった。現場で王警部補が待っていた。
案内され、玄関から入り、廊下から懐中電灯で覗いた。
その前に、廊下に面した窓。窓は桟の一杯ある大正風、というか厚みのある民芸風。うねりのある水玉模様が幾つか。
「ドアを壊して入るぞ」
丸餅警部の命令で、ドアを壊して入った。
ドアと窓には内鍵。ドアの鍵は垂直からくるんと倒して形。窓のカギは中から回す大正時代風の奴。
ドアの鍵を詳しく見ると、下に水が垂れてもおらず、ドライアイスのかけらもなかった。冷たくもなかった。
ミヤビには、それから推測できることはあったが、首吊り死体を下ろすことが先なので、思考は後回しにした。
部屋の真ん中には、男の死体がダラーンと垂れ下がっている。
縄の端は、ご丁寧に、L字型の釘(壁に刺さっている)に縛りつけてある。
首吊り死体の下、椅子が倒れている。自殺に偽装したようだ。
急いで、若林警部補と王警部補が、縄をほどいて、死体を下ろした。
「まだ暖かい。今さっきやったと言う感じです」
王警部補が叫んだ。
後ろから、ハルとジュンも臨場していた。ヘリで三宅島まで運んだジュン2も来ていたが、来る途中、別の場所に設置させてきた。近くのコンビニの前だ。イチローが逃げるなら、きっとそのコンビニにより、食料を買うと予想したのだ。
ハルとジュンがさっそく鑑識作業に入った。
部屋の中には二人分のゲソ懇がある。
ハルが、そこからイチローの匂いを嗅げ分けた。
「確かに、イチローはここに来ました」
ハルが冷静な声で告げた。
他には文庫本が一冊。
その時、ミコが死体の髪を掻き上げてくれと言ったので、ミヤビは掻き上げて、そして叫んだ。
「トーヤだ。ヒトデの兄だ(ここで、前にトーヤの姓を王と言った部分は削除)
「そうだ。トーヤだ。間違いない」
ミコも同意した。続けた。
「僕たちの仕事を手伝う仕込みだったのに、何ということだ」
ミコが嘆いた。
「どういうこってすかい? ギャーテー」
若林警部補が聞いてきた。
「実は、秘密にしておいたが、トーヤは、最初の三鷹の事件のすぐ後に、僕たちに電話してきて、協力を申し出たんだ。それで、僕たちは、精神的な陽動作戦に出たんだ。イチローを偽犯人に見せかける作戦だと電話して、イチローを追い込んだんだ。そうだ。三浦半島へイチローが行くかもと、僕たちに電話してきたのも、トーヤだ。クソウ。又又やられてしまった」
ミコがタブレットの中で、地団太を踏んだ。
「何だ。トーヤは凄い奴かと思っていたが、ギャーテー」
若林警部補が鼻を鳴らした。自分には知らせられなかったという抗議に意味もあるらし。
「すごい奴でも何でもない。僕たちが脅しの文句を言わせていただけで」
「何じゃ。そうか。それも脚本には組み込まなきゃならないのか」
「何が脚本だ」
「いや。別の話で。ギャーテー」
若林警部補が適当に話をはぐらかした。
ミヤビは、ハルの目玉の盗撮映像の件に関係あるなと推理した。
「ふむ。抜け目のない奴だ。脚本となると、映像だけではないんだろうな」
ミコが疑り深い目を向けた。
「それより、イチローに電話してみるぞな」
ミヤビは電話をかけた。だが、前の時以来ずっと電源を切っているらしく、イチローは出なかった。いや、正確に言うと、一回は出たのだが、すぐに切った。もっともGPSを気にしていたんだから、当然だろう。
なので、メールを打った。内容は次。
『お前がやったのか?』
すると、すぐに返信があった。
『そうだよ。俺が催眠術にかけながら、殺したのさ。俺も催眠術はできるんだ。奴は首が伸びるという妄想を見ながら死んだろうよ。トーヤには復讐をしたんだ。八丈島の詐欺師と駐在に催眠就とかけ、俺に催眠術を掛けさせたのは奴だ。俺にはお見通しさ。復讐、復讐。俺はしぶといんだ。ヘヘヘ。俺はもう遠くへ逃げたからね。奴は、『俺はしつこいんだ。呪ってやる――』とほざいていたがね』
ミコが歯噛みして呟いた。
すぐに追伸が来た。
『密室の謎を解いてみな。解けるもんならな。じゃ、GPSたどられるから。バイバイ』
メールは切れた。
「クソウ。どうしても、密室の謎を解いてやる。ミヤビ。現場検証だ」
ミコが叫んだ。
「ぞな」
ミヤビはすぐに応じた。
「まず、ドア。内鍵を倒す形。でも、下には水もないし、ドライアイスのかけらもない。冷たくもない。つまり、氷やドライアイスを使って細工した可能性はない」
「窓は?」
「そうだぞな。内側からネジって回す鍵。窓自体は、民芸調の歪んだガラス。それは数個の水玉模様の所だけ。桟が一杯ある大正風の奴。厚手のガラス。水玉模様を詳しく言うと、五センチくらいの水玉模様」
「ふむ。その水玉模様は怪しくないか?」
ミコが聞いた。
「怪しいか怪しくないかと言われれば、どっちともいえない。水玉模様が歪んでいるとしか。解らないぞな」
「クソウ! ゼッテー解いてやる」
ミコがタブレットの中で、唾を飛ばした。
2
翌朝。
ミコが現場の傍にいて、まだ捜査を見もっているミヤビに話しかけた。
「密室の謎は解けたか?」
「ぞな。奴はレーザー光線銃を持っている。それを使ったに違いない、とまでは行きついたんだが、ぞな」
「そうだ。それだ。僕が謎を解いた。まず、ドアの鍵は開けたまま外に出る。で、レーザー光線銃の出力をマックスにして、外からガラスを丸く切る。この時ドアの近いc位置だ。そこから手を入れ、ドアの鍵を横に倒す。そして、レーザーの出力を弱くして、切り取ったガラスを吸着板でもって、元の位置にくっつける。で、レーザー光線銃の出力は弱いから、ガラスを溶かすくらいの威力しかない。で、ガラスの周りを熱して、どろどろにしてくっつける。これで民芸調のガラスの水玉の出来上がりだ。しかし一か所では不自然なので、数か所もやった。以上。QED」
「ぞな。これでイチローの犯行と証明された、ぞな」
「そうだ。次は、どこへ行ったかを一時いれられたGPSから推理するぞ」
5
次の場所を探す前に、久しぶりなので、ミヤビは任一郎に電話してみた。
任一郎はすぐに出た。
「ほーいい。苦労しているかい?」
明るい声がかえってきた。
「苦労はしている。それより、ちょっと聞きたいことがある」
「何だい?」
「ある人物のレントゲン写真を撮ってみた。正確に言うと、犯人と思しき人物の胸の写真だ。コンビニには絶対に行くと踏んで、コンビニの前にジュン2を仕掛けておいたら、見事にヒットした。それと一緒に、そのコンビニの防犯カメラの映像をもらって、歩容認証にかけたら、犯人だと判明した」
「で、レントゲン写真に、何か、不審な影が映っていたんだね」
「その通り。肺に空洞、浸潤というのだろうか、崩れたような跡、それと、結節が見えた。これって、何か肺の病気ではないだろうか?」
「ふむ。その可能性は高いねえ。その前に、その犯人、粘っこい痰のからむような咳をしていなかったかい?」
「ビンゴ。していたよ。一回、電話に出た時にしていた」
「じゃあ、間違いないね。肺ジストマ症だよ。血痰や粘っこい痰が出るんだ。その犯人、サワガニのいる所へ行っていなかったかい?」
「あ、行っていた。前回の事件の時、漆の木があって、現場の所轄の警部補がサワガニをすりつぶして塗るとかぶれに聞くと言っていた。見たら、現場にサワガニがいた」
「じゃあ、間違いないねえ。これは、サワガニの生食によって、腸に取り込まれた幼虫が、小腸、腹腔、横隔膜を通ってm肺に到達して寄生するんだ。レントゲンには、空洞、浸潤、結節が写るんだ」
「解った。じゃあ、犯人は、その病気ってことだね」
「早く逮捕して治療をした方が良いよ。悪化すると、ヤバいよ。じゃあ、頑張ってね」
電話はそこで切れた。
「ふむ。ついでながら、第二の現場にイチローがいたことが証明されたな。ふむふむ。悪化させるか」
今の電話を聞いていたミコが不気味な声で囁いた。
「そんなあ。早く逮捕するぞな」
ミヤビは一応反対したが、悪化したら、自首してくるだろうとも、考えていた。